どうも、あらきっぺです。こうも暑いと冷たい麺類を食す頻度が多くなりますね。隙あらば山かけうどんを頂く今日この頃です。
タイトルに記載されている通り、振り飛車の将棋を見ていきましょう。なお、先月の内容は、こちらからどうぞ。プロの公式戦から分析する、最新戦法の事情(7月・振り飛車編)
・調査対象は先月のプロの公式戦(男性棋戦のみ)。棋譜は携帯中継や名人戦棋譜速報など、公に公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・文中に登場する棋士の肩書は、全て対局当時のものです。
・戦法や局面に対する評価や判断は、あらきっぺの独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、あまり妄信し過ぎないことを推奨致します。
最新戦法の事情 振り飛車編
(2018.7/1~7/31)
調査対象局は90局。夏場って対局が多いんですね。叡王戦の段位予選が始まったことも大きいでしょうか。先月の倍以上の数字で驚いています。
先手中飛車
互角の戦いが期待できる
14局出現。先月よりも出現率は低下したものの、対局数としては低い数字ではないので、主力戦法の地位は保っていると言えるでしょう。
ここ最近の風潮としては、中飛車側が早めに▲5五歩を決めることが増えてきました。(第1図)
2018.7/10 第31期竜王戦4組昇級者決定戦 ▲菅井竜也王位VS△伊藤真吾五段戦から。
従来は後手が△3四歩を突くのを待ってから▲5五歩を伸ばすことが多かったのですが、それだと中飛車側は飛車が攻めに使いにくく、主導権を握りにくいという欠点がありました。
なぜ▲5五歩を優先するのかというと、
(1)角道不突き左美濃に対して▲5六銀型で対抗したいから。
(2)[△6四銀⇔▲6六銀]という銀対抗の関係になっても、振り飛車が戦えるから。
(3)居飛車が△5四歩を突く駒組みが復活傾向にあるので、それを封じる意味を兼ねているから。
これらの理由が考えられます。
ちなみに、前回の記事で紹介した△4四銀型を優先する急戦策ですが、やはり玉が薄いことを懸念されてか、そこまで採用数は伸びませんでした。個人的には、やや意外な結果でしたね。
現環境は居飛車の作戦が分散しており、決定的な対策は打ち出せていない印象を受けます。居飛車がどの作戦を選んでも互角の範囲内で収まる傾向が強いので、先手中飛車は安定している戦法と言えるでしょう。
角交換振り飛車
支持を得ている
19局出現。先後に関わらず、まんべんなく指されており、市民権の高さが窺えます。ただし、3手目▲7八飛から角交換振り飛車を目指す作戦には、要注目の対策が浮上しました。(第2図)
2018.7/18 第77期順位戦B級2組2回戦 ▲鈴木大介九段VS△村山慈明七段戦から。
まだ序盤戦が始まったばかりの局面ですが、村山七段は意欲的な指し方を選びます。ここから△7七角成▲同桂△1四歩▲1六歩△3三角(青字は本譜の指し手)がなるほどの手順でした。(第3図)
これは、先手に▲8八飛を指させなくする狙いです。例えば、ここで▲2八玉のような手を指すと、△8六歩▲同歩△同飛のときに▲8八飛と指せない(△7七角成で桂を取られてしまう)ので、先手は困ってしまいます。
本譜は第2図から▲6八金と上がって桂に紐を付けました。今度、△8六歩は▲同歩△同飛▲8八飛で受かります。ですが、△6二銀▲8八飛△7四歩▲8九飛△7三銀と進められると早くも居飛車が不満のない将棋となりました。(第4図)
先手は6八に銀を配置するのが自然ではあるのですが、第3図で▲6八金と上がらされているので、それは叶いません。まさか▲7八金→▲6八銀と指すわけにもいかないでしょう。
後手はこのあと△6四銀と上がってから、機を見て△7五歩の桂頭攻めが楽しみです。実戦もその筋を軸に攻めを繋げた後手が快勝しました。
先手の改良案としては、この将棋が挙げられます。(第5図)
2018.7/29 第12回朝日杯将棋オープン戦一次予選 ▲井出隼平四段VS△横山大樹アマ戦から。棋譜はこちらからどうぞ。
後手番で主流となっている角交換振り飛車の組み方を、先手番で応用した格好です。もちろん、これで先手作戦勝ちというわけではありませんが、先述した後手の構想を防いでいるので、安全に駒組みを行うことができます。
また、かつては多く見られたこのような将棋は、ほとんど指されなくなりました。(第6図)
これも互角の範囲内の将棋とは思いますが、振り飛車としては2一の桂が使えない作りになっている点が気掛かりなところです。
現代の角交換振り飛車は、先後に関係なく7七の地点(後手の場合は3三)に桂を配置する将棋が主流で、穏やかに序盤を進められるところと、遊び駒ができにくいところが魅力です。この傾向は今後も続くのではないでしょうか。
四間飛車
穴熊が嫌ではないプレイヤーには有力
11局出現。数ヶ月前と同じく、居飛車穴熊に組ませる指し方が多いです。藤井システムや四間飛車穴熊は下火ですね。どちらの作戦も玉の堅さに不安が残ることが採用数の少ない理由でしょうか。(相穴熊になると、居飛車のほうが飛車側の銀を囲いにくっつけやすいので、振り穴のほうが薄くなりがち)
今回は、四間飛車の工夫を紹介したいと思います。(第7図)
2018.7/23 第8期加古川清流戦トーナメント戦 ▲井出隼平四段VS△荒田敏史三段戦から。
後手が△6四歩▲同歩△同銀▲6五歩△5三銀という手順で6筋の歩を交換したところです。
先手は▲2七銀から銀冠に発展したいところですが、ここで離れ駒を作ると△6二飛▲3八金△6四歩で先攻されてしまいます。よって、第7図では▲7五歩で動いてしまう方が勝ります。以下、△8四飛▲5五歩△6四歩と進みました。ここまでは定跡化されている進行です。(第8図)
従来の定跡は、ここから▲6四同歩△同銀▲5四歩でした。ただ、それには△8六歩▲同歩△5四金で居飛車もまずまずです。(A図)
そこで、本譜は単に▲5四歩と指しました。これが目新しい一手です。当然、後手は△5四同銀と応じますが、▲6四歩△同角で持ち歩を蓄えます。(第9図)
A図の変化と比べると、後手玉が堅いので先手がやり損なっているように見えます。しかし、第9図では居飛車の右桂が6五へ跳ねにくい配置になっていることに注目してほしいです。つまり、相手の玉型を薄くすることよりも、攻撃力を低下させることに重点を置いているわけで、これが第8図から単に▲5四歩と取った意味なのです。
先手は持ち歩が溜まったので、さっそく▲1四歩△同歩▲1三歩と端攻めを決行します。以下、△1三同香▲5五歩△6三銀▲2五桂で先手が勝ちやすい将棋となりました。(第10図)
このように、早い段階で端攻めが実行できると、振り飛車側は堅さ負けしているビハインドを取り戻すことができますね。加えて、[▲5五歩→△6三銀]の利かしが入ったことにより、後手の攻め駒を後退させたのも見逃せないところです。
居飛車穴熊は大変な強敵ですが、上記の実戦例のように好機に端攻めをヒットさせる展開になれば、互角以上に対抗できます。堂々と穴熊に組ませても問題ないのなら、序盤で策を凝らす必要もないので実用度も高そうです。穴熊に組まれることに抵抗を感じないプレイヤーには、有力な選択肢と言えるでしょう。
三間飛車
後手番のエースに返り咲く
20局出現。このところ採用数が減少していましたが、7月に入ってから一気に盛り返しました。特に後手で登板させるプレイヤーが多く、現環境では後手番振り飛車のエースと言える戦法です。
三間飛車は石田流への組み換えを目指す作戦が過半数ですが、個人的には右玉模様にシフトする作戦に注目しています。(第11図)
2018.7/23 第4期叡王戦段位別予選六段戦 ▲勝又清和六段VS△佐藤和俊六段戦から。棋譜はこちらからどうぞ。
ここから自然に玉を固め合う展開になると、先手は銀冠穴熊(ビッグ4)まで発展できますが、後手は普通の銀冠が関の山なので、平凡な駒組みでは振り飛車の作戦負けが濃厚です。
したがって、後手は何か策を講じる必要があります。その第一歩が△6三銀です。先手は予定通りに▲9八香から穴熊を目指しますが、△3一飛▲9九玉△3二金▲5九銀△7二金▲6八銀△6五歩と玉を6二に置いたまま駒組みを進めたのが面白い手法です。(第12図)
玉の堅さでは圧倒的に先手が勝っていますが、後手には「広さ」という武器があります。また、金銀を分散させることで隙のない陣形を作り、穴熊側に手を作られにくくしていることもポイントです。
十数手後の局面が、第13図になります。
先手は穴熊らしく金銀を密集させましたが、それ以上に後手のバランスに特化した布陣が素晴らしく、作戦負けに陥っています。大駒を要所に設置して、しっかり攻めの態勢を作っているのも抜け目がありません。
本譜はここから△7五歩▲同歩△同角▲4九飛△7四銀と進み、以降は8筋から殺到して後手が攻め潰しました。先手としては早めに▲6六歩を突いて、後手に6筋の位を取らせないことが対策の一つでしょうか。
右玉模様にシフトチェンジする作戦は、直接、相手の囲いに向かって攻め掛かれる点が魅力です。また、仮に打開ができなくても待機に徹する保険付きなので、なかなか優秀な印象を持っています。居飛車党は、警戒が必要でしょう。
その他の振り飛車
どれも苦戦している
17局出現。ゴキゲン中飛車が9局指されており、妙に対局数が多かったですね。なぜ増加したのかは正直、謎です。将棋の内容を見る限り、天敵である超速に対して、有効な対策を打ち立てているとは言えないからです。
他には、向飛車が4局指されていることが目を引きます。ただ、向飛車は左美濃に組まれると大変な戦型というイメージを思っています。(第14図)
2018.7/24~7/25 第59期王位戦七番勝負 第2局 ▲豊島将之棋聖VS△菅井竜也王位戦から。棋譜はこちらからどうぞ。
向飛車という戦法は、(1)相手が穴熊を目指してきたら、それが完成する前に△2四歩から飛車交換を目指す。(2)相手が穴熊を諦めたら、それに満足して普通に組み合う。という二段構えが趣旨です。
しかし、現代将棋では、対抗型で居飛車側が左美濃に組むのはポピュラーですし、左美濃→銀冠→銀冠穴熊と発展する駒組みが優秀なことは、もはや誰もが認知している事柄です。つまり、向飛車は環境の変化によって、旨味の乏しい戦法に変わってしまったと言えるでしょう。
7月はゴキゲン中飛車と向飛車が比較的、多めに指されましたが、主流になることは考えにくい印象です。他の振り飛車も同様のことが言えるでしょう。
相振り飛車
互角としか言いようがない
9局出現。先手は中飛車と向飛車。後手は三間か向飛車の位置に飛車を振ることが多かったです。
基本的に相振り飛車は、どこに振っても五分の範囲としか言いようがない印象はあります。ただ、素早く攻勢を取りたいのであれば、三間が最も効率が良いでしょうね。なぜなら、3筋(7筋)の歩を突くだけで、銀・桂の進路ができるからです。他の筋の歩を突く必要がないので、スピード感があるということですね。
今回のまとめと展望
・「先手中飛車」「三間飛車」「四間飛車」「角交換振り飛車」は互角に戦えている。逆に言えば、それ以外の振り飛車は苦戦気味と言える。
・藤井システムや4→3戦法のような、穴熊に組ませないことをコンセプトにする振り飛車は廃れつつある。振り飛車は穴熊に組まさないことを考えるのではなく、穴熊に組まれても問題なく対抗できる駒組みを模索することが重要と言える。
それでは、また。ご愛読ありがとうございました!