どうも、あらきっぺです。
今週は、松尾歩八段と村山慈明七段の対戦でした。
松尾八段は居飛車党で、棋風は攻め。奇をてらったような手を指すことが滅多にない正統な将棋を指される棋士の一人ですね。
村山七段は居飛車党で、受け将棋。非常に堅実な将棋で、優位に立ったときには回り道でも確実に勝てる展開を選ぶ傾向が強い印象があります。
本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考
本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント
目次
序盤
初手から▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲3八銀(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。
戦型は相掛かり。この戦型は駒組みのバリエーションが豊かなことが特徴の一つですが、ここ半年ほどは[▲5八玉・▲3八銀・▲2六飛]というフォーメーションを作ることが主流ですね。
この作戦に対しては、第1図の後手のようにミラーマッチを挑む手法が有力です。詳しくは、これらの記事をご覧ください。
プロの公式戦から分析する最新戦法の事情(12月・居飛車編) 最新戦法の事情(2019年1月・居飛車編)
ここから先手にはいくつか選択肢がありますが、松尾八段は▲3七桂△7三桂▲4八金から淡々と駒組みを進めていきます。(第2図)
先手はこの局面に至るまでに、常に▲2四歩から動いていく権利がありました。ですが、それを全てスルーして駒組みを行うというということは、(おそらく)この先の局面で指してみたい構想があったのでしょう。
後手としてはそれに追随する方針もありましたが、村山七段は△8六歩と積極策を選びました。
さて。この△8六歩には素直に▲同歩△同飛▲8七歩という応接も有力です。△7六飛で歩損になりますが、▲2二角成△同銀▲8二角という反撃に期待しています。(A図)
△8八歩と打たれても▲同金で無効ですね。7九の銀には飛車で紐が付いています。
A図では、△7八飛成▲同銀△8一金が進行の一例でしょうか。先手は駒損ですが飛車を持っていることが魅力です。これは好みが分かれそうな変化ですね。
本譜に戻ります。(途中図)
上記の変化も考えられましたが、松尾八段は全く違う方針で△8六歩を咎めに行きます。それが、▲2二角成△同銀▲6六角△8一飛▲8六歩△同飛▲8八銀という手順でした。(第3図)
自ら角交換を行い、そしてすぐさま盤上に打っているので不可解な手順に見えるかもしれません。ですが、この戦型において[▲6六角]という配置は良いポジションなのです。
ゆえに、ここに先着する手は価値が高いという側面があるのですが、わざわざ手損をしてまで設置するほどの手でもないんですね。
ただ、このケースでは後手が飛車の移動に手間取っているので、先手は手損になりません。そういった背景があったので松尾八段は角を6六に据える指し方を選ばれたのだと推察されます。
さて。後手はのんびりしていると▲9五歩△同歩▲9二歩という攻めが飛んできます。村山七段は△6四歩と突いてそれを牽制しましたが、▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲3四飛で先手は首尾よく一歩をゲットできました。
以下、△3三銀▲3五飛△3四歩▲2五飛までは妥当な進行でしょう。(第4図)
後手は△7六飛と指せば歩損は回収できますが、▲7七銀で飛車が詰むので流石に指せないですね。角が6六に居る限りあの歩は取れないのです。
そこで本譜は△6五歩と突きましたが、その瞬間に▲8七歩を打てば△8一飛と引く一手に限定できますね。以下、▲7七角△6三銀▲8六歩で先手は陣形を充実させていきます。(第5図)
小競り合いがありましたが、結果的に先手は歩得になりました。無論、後手も持ち角という主張があるので五分の範疇ではありますが、明確な実利を持った先手がまずまずという感はありますね。
中盤
ここから後手はどのような方針を採るかですが、ゆっくり駒組みを行うのは感心しません。なぜなら、後手陣は概ね整っていますが、先手には▲8七銀→▲4六歩→▲4七銀→▲2九飛と指したい手が山のようにあるからです。
という訳で、村山七段は△6六歩と突っ掛けました。これはタダですが、▲同歩なら△3五歩▲同歩△2四銀で戦いを起こす意図があります。(B図)
先手はもっと緩やかな流れにして駒組みを進めたいので、これは不本意な進行と言えるでしょう。自玉のコビンが開いているのもウィークポイントですね。
ゆえに、松尾八段は△6六歩に▲同角を選びました。以下、△8六飛▲8七銀△8一飛▲8六歩まではこう進むところです。(第6図)
先述したように、後手は相手の構えが整う前に、さっさと開戦するほうが得策です。村山七段は△6四銀▲2九飛△6五銀と攻め駒を進軍させ、先手の角を圧迫していきます。(第7図)
先手もここまでアグレッシブに指されると、穏便な対応は取れません。例えば、ここで▲8八角と引いても△5四角からぐいぐい攻め込んでくるでしょう。(C図)
次は△6六歩▲同歩△7六銀という攻め筋が厄介ですね。▲7七金と上がればそれは防げますが、△3六角で歩損を取り返されると先手は悪形だけが残ります。
このような事情があったので、松尾八段は第7図から▲3三角成△同桂▲7七桂という勝負手を放ちました。(第8図)
後手は△5四銀と逃げる手が自然ですが、それには▲3五歩△同歩▲3四歩△4五桂▲7五歩で二つの桂頭をアタックしてどうでしょうか。(D図)
部分的には△8四飛と浮けば受かっているのですが、▲4五桂△同銀▲7六桂という攻めが控えているので後手はしっくり来る受けが難しいですね。
なので、後手は攻め合いを挑むことになるのですが、自分だけ両サイドから攻められているので挟撃態勢を作られやすいという懸念があることは確かです。
本譜に戻ります。(第8図)
そこで、村山七段は△4四角という攻防手を放ちました。▲6五桂△同桂▲6六銀で催促されますが、△2四桂と控えの桂を設置して先手陣の攻略を目指します。
多少の駒の損得よりも、一方的に攻める展開に持ち込むほうが大事と見た訳ですね。(第9図)
しかし、ここからの3手で村山七段の思惑は外れることになります。▲6五銀△3六桂▲5六桂が味の良いカウンターでした。(第10図)
ここに桂を設置することで、後に▲4四桂打という継ぎ桂が発生します。すなわち、後手の△4八桂成を間接的に牽制した意味があるんですね。これで後手の攻めに歯止めが掛かりました。
△3五角と逃げるのは仕方ありませんが、▲4六銀で執拗に角を追います。(1)△2四角には▲2五歩があるので、本譜は(2)△4六同角▲同歩△2八銀▲7九飛△4八桂成▲同玉と食らいついていきましたが、このとき後手は有効手が難しいですね。(第11図)
後手はアクセルを踏みたいのですが、▲4四桂打が残っているので調子に乗って攻めて行くと反動で倒されてしまう未来が目に見えています。
村山七段は△8五歩▲同歩△4一玉でその筋を緩和しましたが、▲5八玉が絶品の早逃げ。この手が入ったことにより、先手玉は格段に安全な格好になりました。(第12図)
こうなってみると、先手はほぼ無条件の桂得になったので優勢であることは明らかです。後手はもっと過激な攻めに訴えたかったのでしょうが、具体的な手段が見出せませんでした。5六に放った桂が光っています。
△6六歩と突いてからは、[長期戦にしたくない後手⇔局面を収めたい先手]という構図で局面が流れていきましたが、松尾八段が上手く攻めをいなしましたね。
終盤
後手は桂損という損益を被っている上に、次に▲3五歩という確実な攻めも見せられているので立ち止まることは許されません。無理気味でも攻めるより無いのです。
村山七段は△8五飛▲7五歩△3六角▲6八玉△6六歩とパンチを撃ち続けますが、▲8六歩が冷静な対応で、なかなか突破口が開けません。(第13図)
ここで飛車を下がってしまうようでは攻めが頓挫するので、△6七歩成▲同玉△6六歩▲同玉△7五飛と切り込んでいくのは必然。しかし、▲7六歩で飛車が捕獲されるので暴発と隣り合わせではあります。
村山七段も成算はなかったでしょうが、後手は長期戦にできない背景があるので仕方ない側面もありました。(第14図)
△6五飛と切り飛ばし、▲同玉に△3七銀不成で手駒を補充します。後手は3六の角と金銀桂という持ち駒があるので、曲がりなりにも4枚の攻めにはなりました。
ただ、ここで▲6三歩が痛打。(1)△同角では5八へ成り込む手が消えるので(2)△同金と応じましたが、▲3七銀△5八角成▲7一飛と打ったときに後手は底歩が打てません。やむなく△5一桂と受けましたが、先手玉には一手の余裕があるので勝ち筋がありそうですね。(第15図)
この局面における後手のキーパーソンは、6三の金です。これを奪い取ってしまえば先手は上部が開拓できる上に、後手玉への寄せも見えてきます。したがって、ここでは▲8一角が有力でした。(E図)
次に▲6三角成で金が取れれば先手は不敗の態勢ですね。ここで△5四金と指しても▲同角成△同歩▲5二銀から後手玉は詰みます。
受けるとなると△6二銀が一案ですが、じっと▲6一飛成とかわしておけば問題ありません。(F図)
今度は▲5二銀△3一玉▲6三角成という攻めがあるので、後手は問題を解決することが出来ていません。銀を手放してしまうと敵玉を寄せ切る力が残っていないので、先手の逃げ切りが濃厚になります。
この変化は、「▲6三角成で金を取った手を後手が無視できない」ことがポイントです。ここで手番を渡さなければ、先手の勝算が高い将棋でした。
本譜に戻ります。(第15図)
実戦は▲6四歩と指しました。これもキーパーソンである6三の金に働き掛けた一着ですが、この手そのものは詰めろではありません。
すかさず△5四金打▲6六玉△6八銀で包囲網を敷かれて、急転直下の逆転です。(第16図)
「6三の金を取られても無視できること」がE図との決定的な違いです。先手玉は7七に逃げ込めないと粘りが利きません。突如、受けに窮してしまいました。
松尾八段は▲5二銀△3一玉▲5一飛成と追いすがりますが、△2二玉でどうにも届きません。▲4八銀は懸命の凌ぎですが、△7九銀不成で飛車を取る手が詰めろなので、形勢の挽回は厳しいですね。(第17図)
7九の銀を取ると△6七飛でアウト。放置するのも△6五飛▲7七玉△6八馬から詰み。先手は6三の金を拾う手番が巡って来ず、▲6四歩と打った手が徒労になってしまいました。
本譜は▲7七玉△6九飛▲8五歩と抵抗しましたが、△6八馬がトドメの追撃。角を渡しても後手玉はまだ詰みません。以下、▲同金△同飛成▲8六玉△8八銀成と進み、そこで終局となりました。(第18図)
先手玉には△8七銀成からの詰めろが掛かっていますが、受けに適した駒を持っていないので守る術がありません。また、後手玉は▲3一角と迫っても不詰めなので、この局面は後手の勝ちですね。
本局の総括
それでは、また。ご愛読ありがとうございました!