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第69回NHK杯 羽生善治NHK杯VS屋敷伸之九段戦の解説記

NHK杯 羽生善治

今週は、羽生善治NHK杯と屋敷伸之九段の対戦でした。

 

羽生NHK杯は居飛車党で、攻め将棋。とても柔軟な棋風で、未知の局面での対応力がずば抜けている印象を持っています。

一回戦はシードだったので、二回戦からの登場です。

 

屋敷九段は居飛車党で、棋風は攻め。薄い玉型を気にしないことや、斬り合う展開を好むことが特徴です。

一回戦では長谷部浩平四段と戦い、角換わり腰掛け銀の将棋を制して二回戦へと進出しました。
NHK杯第69回NHK杯 長谷部浩平四段VS屋敷伸之九段戦の解説記

 

なお、本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント


第69回NHK杯2回戦第12局
2019年11月3日放映

 

先手 羽生 善治 NHK杯
後手 屋敷 伸之 九段

序盤

 

初手から▲2六歩△8四歩▲7六歩△8五歩▲7七角△3四歩▲6八銀(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は角換わり腰掛け銀。その中でも第1図はプロ棋界でかなりホットな局面で、多くの棋士が採用している将棋です。

ここで先手には様々な方針がありますが、羽生NHK杯は▲4五桂と指しました。(第2図)

 

これはこちらの記事で「攻撃志向型」と定義している局面です。この手を指せば、先手は確実に攻勢に出ることが可能ですね。

ただし、このプランは攻めが細い性質があるので常に切れ筋と隣り合わせという側面があり、リスクを伴う選択でもあります。まずは、先手の攻めが繋がるかどうかが見所と言えるでしょう。

 


中盤

 

何はともあれ後手は銀を逃げなければいけませんが、上と下のどちらに逃げるかは大きな分岐点と言えます。というのも、△4四銀と△2二銀は指し手の方向性が真逆なので、この後の展開がガラッと変わるからです。

この将棋の黎明期はどちらに向かうのか分かりかねていたところがありましたが、昨今では定跡化が進んでおり、第2図では△2二銀が適切な応手という定説で固まっています。そのロジックについては、こちらの記事をご覧ください。

参考 最新戦法の事情【豪華版】2019年7月~8月 居飛車編

 

先手は手をこまねいていると4五の桂が死んでしまうので、動き続けることは必須です。本譜は▲7五歩△同歩▲5三桂成△同玉▲7四歩△4四歩▲4五歩でガンガン攻め込んでいきました。この辺りも、まだ定跡の範疇ですね。(第3図)

 

この突き捨てはタダではありますが、△4五同歩では危険な意味があります。具体的には▲3七角と打たれる手が厄介ですね。(A図)

 

これは▲7三歩成△同金▲6五桂や▲5五銀という攻め筋を作った意味があります。この手を指すことにより、先手は△5五歩から銀を追い返される心配が無くなったことが大きなメリットですね。

後手は△6三玉で先受けするのが一案ですが、▲7三歩成△同金▲6五歩△同歩▲7三角成△同玉▲6九飛という強襲を喫してしまうので、どうも芳しくありません。(B図)

 

このように後手は玉が7筋方面へ追いやられてしまうと、右辺の金銀の存在価値が無くなっているので守備力が著しく下がってしまいます。B図は玉型と駒の効率が段違いなので、先手優勢ですね。

 

本譜に戻ります。(第3図)

こういった背景があるので、▲4五歩に対しては△5五歩で銀を追い払うほうが勝ります。先手もここで怯むと攻めが途切れてしまうので、銀を逃げる余裕はありません。

そうなると、▲7三歩成△同金▲4六桂△5六歩▲5四桂△同玉▲4四歩と進むのは必然と言えます。ここまでは、こちらの記事で解説した手順と同一ですね。(第4図)

参考 最新戦法の事情【豪華版】2019年9月~10月 居飛車編

 

さて。先手の攻めが一段落したので、後手は待望の手番が回ってきました。ここは指す手によって勝率が大きく変動しそうな局面です。後手にとっては第二の岐路ですね。

 

後手陣は2二の銀が働きの弱い駒なので、△3三銀と上がる手は価値が高いと言えます。しかしながら、▲7四歩と叩かれる傷を残していることや先手陣に対してプレッシャーを与えていないので、反撃の味に欠けることが懸念材料ではあります。

そこで、屋敷九段は△7四桂という手を選びました。(第5図)

 

これは7四のスペースを埋めながら△8六歩▲同歩△7六歩という攻め筋を作った意味があります。反面、壁銀や4筋のケアを放棄しているので防御に関してはそこまで重視していません。すなわち、受け切りを狙う方針ではなく、攻め合いに活路を求めた一着ということが読み取れます。

 

羽生NHK杯は▲4三銀と放り込んで再び攻め始めましたが、結論から述べるとこれは性急な嫌いがありました。代えて▲5六歩で力を溜めるほうが後の攻めに困らなかったですね。

後手は▲5五銀→▲5四角という両取りを見せられているので△5三玉と早逃げすることになりますが、さらに▲5五歩と伸ばすのが期待の一手になります。(C図)

 

とにかく先手は▲5四角の筋を作ることが急所で、これなら攻めが切れる心配はありませんでした。また、5筋の歩を突いていくことで▲5九飛と回る含みが生じていることも見逃せないところです。

後手も△8六歩から攻め掛かってくるのでC図の形勢は難しいのですが、この変化の方が先手は攻めが手厚かったことは確かです。

 

本譜は第5図から▲4三銀△同金▲同歩成△同玉と進んだのですが、このとき先手は第5図よりも条件が悪化している意味があるのです。(第6図)

 

NHK杯 羽生

大前提として、受けの要である金を剥すことは寄せのセオリーです。そういう意味で▲4三銀は、自然な攻めではあります。

しかし、後手は3二の金が盤上から消えたことにより、潜在的に生じていた▲5四角の両取りに備える必要がなくなりました。つまり、後手は本来、目標になっていたはずの金が労せず相手の銀と交換になった勘定になっているのです。

 

先手は攻め急ぎにより形勢を損ねてしまいましたが、ここは踏み止まれるかどうかの瀬戸際でした。

 

勝負の分かれ目!

 

NHK杯 羽生

 

先手としては、3二の金を剥した手を活かすような組み立てを図らないと▲4三銀と打ち込んだ手の顔が立ちません。そういう意味では、▲4四歩△5三玉▲3二角ともたれる手は考えられました。

 

後手は△4二歩と受けるのが妥当ですが、▲5六歩と手を戻しておきます。(D図)

 

 

NHK杯 羽生

 

3二に角を設置することで、△8六歩▲同歩△7六歩という攻めを防いでいることが先手の言い分です。ここからは、▲7六歩と合わせて馬を引き付けたり、▲5五歩と伸ばす手を楽しみにします。

 

 

シビアな話をすると、先手は桂損した状態で受けに回っているので変調ですし、当初の方針とは全く違う流れになっているのですが、勝負という観点で見れば、戦いを長引かせて致命傷を負わないようにする姿勢を取るほうが勝ったように思います。

 

 

本譜に戻ります。(第6図)

NHK杯 羽生

本譜は▲2四歩と突いて飛車に活を入れたのですが、流石にこの利かしは通してくれません。次の▲2三歩成が詰めろにならないので、後手は2手スキで迫れば勝てる状況になりました。

 

屋敷九段は△8六歩▲同歩△7六歩で先手陣の攻略に向かいます。羽生NHK杯は▲4四歩△5三玉▲7六銀と対応しますが、そこで△4七歩と叩いたのが正確な速度計算に基づいた決め手でした。(第7図)

 

NHK杯 羽生

後手は△8六桂と跳ねる手もありましたが、それは▲8二歩で飛車を責められて面倒なところがあります。先手玉は右辺が広いので、一筋縄にはいきません。

ゆえに、△4七歩と打って事前に先手玉の逃亡を牽制しておくことが賢明なのです。ここで▲2三歩成は△4八歩成▲2二と△8六桂で後手の一手勝ちですね。

 

先手は▲2三歩成を封じられたことにより、▲2四歩と指した手が完全に無効化されています。要所の局面での一手パスは致命的で、形勢の針は一気に屋敷九段へと傾くことになりました。

 


終盤

 

NHK杯 羽生

先述したように、先手は直線的な攻め合いでは速度負け。そうなると金取りを受けることを考えなければいけませんが、

(1)▲5八金は、△6六桂。
(2)▲4七同金は、△5八角。

いずれも有効な受けにはなりません。

 

尋常な手段では勝ち目が無いので、羽生NHK杯は▲4三歩成△同玉▲5五金という捻った手を繰り出しました。けれども、△5二玉が冷静な一手で、苦境を跳ね返すことは叶いません。(第8図)

 

NHK杯 羽生

王手飛車の筋さえ注意しておけば、後手は怖いところがないですね。

本譜は▲4五角△8六飛▲8七金で後手の飛車を狙いましたが、△8二飛▲8三歩△同飛▲8四歩△同飛▲3四角△6二玉▲8五歩△8一飛と自然に対応して、屋敷九段は先手を突き放すことに成功しました。(第9図)

 

NHK杯 羽生

先手は駒が不足しており、攻めが空を切っています。▲2三歩成が間に合う情勢でもないことは明白でしょう。

また、自陣には金取りや△8六歩が残っており、今さら受けに回ったところで状況が改善されることはありません。第9図は攻防共に見込みが無く、大差がついています。以降は、いくばくもなく屋敷九段が勝利を収めました。

 


本局の総括

 

第1図で先手が▲4五桂と跳ねたので、のっぴきならない将棋になった。以降は、先手が攻めて後手が受けに回るという構図で進んでいく。
△7四桂と打ったところが一つの分岐点。ここで先手は▲5六歩と緩めるべきだった。本譜の▲4三銀は、見た目よりも成果が乏しい。
先手は苦境に立たされたが、第6図では▲4四歩から▲3二角で粘り強く指すほうが勝ったか。本譜は負けを早めた感がある。
△4七歩が痛烈な叩きで、先手に決定的なダメージを与えた。後手は常に玉が不安定だったが、それを恐れない強気な指し回しが功を奏したと言えるだろう。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!



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