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第69回NHK杯 豊島将之名人VS村山慈明七段戦の解説記

今週は、豊島将之名人と村山慈明七段の対戦でした。

 

豊島名人は居飛車党で攻め将棋。自然な手を積み重ねてリードを広げるタイプの代表格とも言える棋士ですね。

一回戦はシードだったので、二回戦からの登場です。

 

村山七段は居飛車党で、受け将棋。手厚い陣形を好み、最短の勝ちよりも負けにくい状況を作ることを重視することが特徴の一つです。

一回戦では松尾歩八段と戦い、苦戦の将棋を跳ね返して二回戦へと進出しました。
第69回NHK杯 松尾歩八段VS村山慈明七段戦の解説記

 

なお、本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント


第69回NHK杯2回戦第5局
2019年9月15日放映

 

先手 豊島 将之 名人
後手 村山 慈明 七段

序盤

 

初手から▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲7七銀△6二銀▲2六歩(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は矢倉になりました。しかしながら、お互いに金矢倉に組む準備を進めておらず、この辺りは如何にも現代調の駒組みですね。

ここで後手は囲いを強化するなら△4四歩が自然ですが、それは先手からの急戦策を誘発する恐れがあるので覚悟のいる一手でもあります。先手からの急戦策については、こちらの記事に詳しく載っています。
参考 最新戦法の事情【豪華版】2019年・6月 居飛車編

 

そこで、本譜は第1図から△6四歩▲3七桂△6三銀▲4七銀△7三桂で△4三歩型のまま駒組みを進めました。(第2図)

 

これは攻めの形を優先的に作った……という意味ではなく、先手の急戦を警戒した手順です。要するに、後手は▲6六歩と突くのを見てから△4四歩と突きたい訳なのですね。

仮にここから▲6六歩△4四歩▲7九角△3一角のように進めば、後手は無難な形で土居矢倉に組むことが出来るので、不満のない序盤戦になります。

なので、先手はそれを許す訳にはいきません。豊島名人は▲7九角△3一角▲4五歩で後手の進展性を奪います。後手も同様に△6五歩と伸ばしますが、▲4六角△6二金▲5七角がきめ細かい工夫でした。(第3図)

 

手損のようですが、これが機敏な揺さぶりで作戦勝ちの遠因となる構想でした。後手は金を6二へ移動させられたことが思いのほか不都合なのです。

つまり、ここから平凡に△5三角▲4六銀△3一玉で矢倉囲いへの入城を目指すと、下図のような局面になることが予想されます。(A図)

 

こういった局面になったとき、後手は金を6二に配置している理由がありません。あの金は5二や4二にいるほうが囲いの守りに役立っているので、これでは率の良い駒組みとは言えないのです。

 

本譜に戻ります。

そういった背景があったので、本譜は△8一飛▲4六銀△6四角▲4七金△5二玉で右玉風に構えたのですが、▲7九玉△1四歩▲1六歩と進んでみると先手は主導権を握ることに成功しました。(第4図)

 

先手は自分の好きなタイミングで▲3五歩と突っ掛けることが出来ますが、後手は自分から仕掛ける手段が無く、相手の攻めを待つしかなくなってしまいました。現代将棋は如何にして先攻する形に持ち込むかどうかがキーポイントの一つなので、後手はやや不満の残る序盤戦になってしまったと言えるでしょう。

 

村山七段は△5三金から玉のお引越しを進めていきますが、豊島名人は▲9六歩△9四歩▲2六飛△6二玉▲3五歩で積極的に良さを求めに行きます。攻めの銀が五段目に進出することが約束されているので、先手が上手く立ち回っていますね。(第5図)

 


中盤

 

後手は無条件で3筋の取り込みを許す訳にはいかないので、△3五同歩▲同銀の二手は必然です。その局面が、本局の方向性を変える大きな分岐点でした。

 

勝負の分かれ目!

 

 

後手にとって3五の銀は厄介な存在ですが、△3四歩と打っても▲2四歩で効果がないので、この駒を自力で追い払うことが出来ません。

 

なので、ここでは△5二金と引いて相手の攻めを迎え撃つ姿勢を取る手が得策でした。これは▲3四歩と打たれるのでまずいようですが、△同銀▲同銀△3三歩で巻き返すのが後手期待の手順です。(B図)

 

 

 

ここから▲2三銀成△同金▲2四歩と踏み込まれると、後手は2筋を食い破られてしまいます。けれども、△3四金▲2三歩成△3八銀がなかなかうるさいので、案外、戦える形勢なのです。(C図)

 

 

 

▲4八金と引くくらいですが、△5三角で飛車取りに当てると先手は逃げ場が難しいですね。▲2八飛には△3九銀不成があります。

 

この変化はあっさり2筋にと金を作らせるのでイレギュラーな指し方ではあるのですが、相手の攻めを利用して反撃に転じる右玉の特性を活かした組み立てではあります。これなら後手も一気に形勢を損ねることはなかったでしょう。

 

本譜に戻ります。(途中図)

本譜は△8六歩▲同銀△5五歩と動きました。これは4六に居た銀が移動したことを咎めにいったプランですね。

ただ、▲5五同歩△同角▲7七桂と応対されると、成果が乏しかった感は否めません。(第6図)

 

後手としてはここで攻めが無いと歩損だけが残ってしまうのですが、具体的な攻め筋が見当たりません。先手陣は飛車の横利きが素晴らしく、桂頭を狙われる展開ににならないことが自慢ですね。

攻めが無いので本譜は△6四角と引いて手を渡しましたが、▲3四歩△4二銀▲2四歩で2筋に火の手が上がり、後手はますます忙しくなりました。(第7図)

 

村山七段は△5六歩と叩いて紛れを求めますが、▲同飛が冷静な対応です。飛車が2筋から逸れると攻めが遅れるので不本意なようですが、先手は歩得しているので焦る理由はありません。ゆえに、遅くとも確実なプラスを積み重ねれば良いのです。

▲5六同飛に、後手は△2四歩▲同銀△2三歩▲3五銀△5四金で中央を盛り上げますが、▲2六飛△5三銀▲4六銀で先手もそれに対抗したのが好着想。相手に主張を作らせないことで、先手はさらにリードを拡大することに成功しました。(第8図)

 

後手は途中図から果敢に動きましたが、ここまで進んでみると

・2歩損している。
・3筋に拠点を作られている。

という借金が痛く、形勢を大きく損ねてしまいました。

本来、右玉という戦法はカウンター狙いの作戦であり、自分からどんどん動いていくことは苦手です。要するに、後手は戦法の性格と不一致な戦い方を選んだので、このような結果を招いてしまったという訳なのです。もちろん、これは裏を返せば豊島名人の対応が完璧だったという証明でもあります。

 

NHK杯 豊島

後手はゆっくりしているとジリ貧なので△4四歩と暴れていきましたが、4五の地点は数が負けているところだけに、これでは苦しい動き方ですね。

豊島名人は頃は良しと見て、いよいよ具体的な戦果を求めに行きます。まずは▲5五歩△同金▲同銀△同角で手駒を蓄え、▲2二歩で後手陣を乱しに行きました。(第9図)

 

NHK杯 豊島

これは表向きには桂取りですが、真の狙いは相手の自滅を促進させることです。とはいえ、これだけでは分かりにくいと思うので、もう少し踏み込んで説明しましょう。

後手はこの歩を取ると歩損は回復できますが、代償に3二の金が遊んでしまうのでとても釣り合いが取れません。2二の金を立て直す余裕が得られるほど、局面にゆとりはないのです。

そうなると、後手は無理筋であろうと、これを無視して攻め合いを挑むより道はありません。先手はそれを叩こうとしている訳なのです。「自分から攻めることが苦手」という右玉の弱点を上手く突いていることが分かりますね。

 

NHK杯 豊島

村山七段は△8五歩▲9七銀△9五歩▲8八銀△8六歩▲同歩△6六歩▲同歩△9六歩としゃにむに、攻め掛かっていきます。手段を尽くして端歩を取り込むことに成功しましたが、代わりに6筋の位を失ってしまいました。なので、先手は▲9八歩と屈服しても腹は立ちません。(第10図)

 

NHK杯 豊島

後手はあの手この手でちょっかいを出したものの、やはり元々備わっている攻撃力が低いので、どうにも厳しいパンチが打てないことが辛いですね。

仕方がないので本譜は△1三桂で辛抱しましたが、ここで相手に手を委ねるようでは白旗を上げたようなもの。豊島名人は▲2一歩成△同飛▲5六歩△6四角▲6五歩△8六角▲4四歩で、後手の大駒の働きを悪くさせつつ、攻めの拠点を着実に増やしていきます。(第11図)

 

NHK杯 豊島

第11図は、大きな駒の損得はありませんが、大駒の働きが違うことや、3・4・6筋の歩の存在が大きいことから先手がはっきり優勢です。場合によっては8筋にも拠点が作れますね。

右玉は玉の逃げ場が広いことも特色の一つですが、これだけ攻め味を広範囲に残されると、安住の地がありません。後手は逆転の目が薄い状況で、終盤戦へと入ることを余儀なくされました。

 


終盤

 

後手陣はあちこちが傷んでいるので、今さら受けに回っても焼け石に水と言えます。村山七段は△6七歩と垂らして嫌味を付けますが、▲8七歩△9五角▲4五桂△4四銀▲6四歩△同銀▲5四金が手痛い両取りで、後手に決定的なダメージを与えました。(第12図)

 

NHK杯 豊島

後手は6七に歩を設置した以上、△6八銀と放り込んでいくよりないですが、▲同金△同歩成▲同玉で広い方へ逃げ出せるので、先手は痛痒を感じません。

以下、△6五桂▲6四金△5七桂成▲同金△6七歩▲5八玉△3七角▲6三銀△7一玉▲7二銀打△8二玉▲7四金と進みます。ざっと手順を列記する形になってしまいましたが、この辺りは先手の着実な寄せを見るばかりですね。(第13図)

 

NHK杯 豊島

後手は▲8三金までの詰めろを防がないといけませんが、虎の子の金を手放すようでは先手玉を捕まえられません。

そこで、村山七段は△9二香という粘りを捻り出します。下段への退路を作った懸命の頑張りですが、豊島名人は冷徹に対処します。▲2七飛が勝負の終止符を打った一着になりました。(第14図)

 

NHK杯 豊島

後手は角を失うと勝ち目がありませんが、ここで△1九角成では▲6七玉と早逃げされてゲームオーバーです。これは先手玉が不死身ですね。(D図)

本譜は止む無く△6八金と打ちましたが、これでは▲4九玉と逃げられて戦力不足ですね。以降は、豊島名人がしっかり逃げ切りました。

 

本局の総括

 

序盤は▲4六角→▲5七角という揺さぶりが上手く、先手がペースを掴んだ。後手は少し先手に追随し過ぎたのかも知れない。
▲3五同銀で先手の銀が進軍したところが後手は大事だった。ここで攻め急いでしまったことで、後手は形勢を大きく損ねることになった。
飛車の横利きを活かして▲7七桂と跳ねた手が好判断。これで後手は7三の桂が攻撃に参加しづらくなり、攻めが頓挫してしまった。
終盤は先手の独壇場。最後は▲2七飛が手堅い決め手で、相手に付け入る隙を与えなかった。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!



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