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第69回NHK杯 高崎一生六段VS里見香奈女流四冠戦の解説記

里見女流

今週は、高崎一生六段と里見香奈女流四冠の対戦でした。

 

高崎六段は振り飛車党で、攻め将棋。オーソドックスな駒組みを好み、軽快に攻める展開を得意にされている印象を持っています。

 

里見女流四冠は振り飛車党で、棋風は受け。辛抱強いタイプで、自分からは決して崩れないことが持ち味です。また、イレギュラーな手を上手く拾い上げることも特徴の一つですね。

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第69回NHK杯1回戦第15局
2019年7月21日放映

 

先手 高崎 一生 六段
後手 里見 香奈 女流四冠

序盤

 

初手から▲7八飛△5四歩▲7六歩△4二銀▲6八銀△5三銀▲4八玉(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

里見女流

戦型は相振り飛車。初手の▲7八飛は基本的には三間飛車を志向していますが、相振り飛車になったときに角道を止めたくないという意思の表れでもあります。後手もその意思を貫いたので、角を持ち合う将棋になりましたね。

ここから先手は攻めの形を整え、後手は玉型の整備を進めていきます。(第2図)

 

里見女流

互いに金無双に囲って、銀と桂を活用させています。この戦型は無難に指せばこういった局面になるケースが多いですね。

さて。大事なのは、ここからどのような構想を展開するかです。後手は相手に追随するなら△5二金左から先手と同じような構えを作るプランが考えられます。すると、下図のような進行が予想されるでしょう。(仮想図)

 

里見女流

これはこれで一局の将棋とは思いますが、こうなると後手は自分だけ5筋の歩を突いているので、その分、駒組みの幅が狭いですね。加えて、銀の出足で遅れていることもネックです。

このように、後手は相手と似たような形を作ってしまうと、先手番の利を活かされてしまうことが目に見えています。

 

本譜に戻ります。(第2図)

里見女流

そういった背景があるので、里見女流四冠は△4二金と指しました。以下、▲9六歩△9四歩▲4八金直△2六歩▲同歩△同飛▲2七歩△2一飛と進みます。

意図的に先手とは違う構えを取り、相手との差別化を図ることで作戦負けを回避する思惑があります。(第3図)

 

里見女流

先手は駒組みが飽和しつつあるので、そろそろ仕掛ける手段を考えたいところ。高崎六段は▲1六歩△1四歩▲7五銀と指しました。攻めの銀を五段目に繰り出すことは、将棋のセオリーの一つです。

 

先手が拳を振り上げ、今にも攻め掛からんとしていますが、里見女流四冠は平然と△5二金上で待機します。これが玄妙な一着でした。(第4図)

 

里見女流

ぱっと見は金が玉から離れていくのでメリットが感じられないのですが、この手を指すことにより、

(1)玉が広くなった。
(2)飛車の横利きが通った。

というベネフィットがあります。具体的にどのような攻め筋をケアしているのかは、本譜の進行を見るのが良いでしょう。

 


中盤

 

里見女流

先手としては、8筋からガリガリ攻めて戦果が上がるのであれば話は早いです。例えば、▲8四歩△同歩▲同銀△8三歩▲同銀成と強攻する手段が考えられますね。部分的には頻出する攻め筋です。

けれども、△同銀▲8四歩△7四銀とかわされると、案外、厳しさがありません。(A図)

 

(1)▲8三角は△6二玉と逃げることが出来るので、凌いでいます。

(2)▲7五歩という攻め方もありますが、△8七歩▲同飛△6九角▲8六飛△7五銀▲8三歩成△6一玉で、先手はあと一押しが足りません。(B図)

 

ここから▲8五飛と逃げても△7四銀▲8八飛△8七歩で飛車が押さえこまれてしまいます。それでは攻めが頓挫するので先手失敗ですね。

 

これらの変化は、6筋に空間を確保している後手陣の特色が存分に発揮されており、先手の攻めはいなされています。普通の金無双よりも玉を逃走しやすいことが大きいですね。

改めて、本譜に戻ります。(第4図)

 

先手としては生半可な攻めではパンチがヒットしないので、もっと威力の高い攻めを繰り出さなければいけません。そこで高崎六段は▲8四歩△同歩▲9五歩△同歩▲同香と突貫しました。こうなると先手が攻め潰すか、後手が受け切るかという勝負になりました。(第5図)

 

これは9四に角を打つ攻め筋を視野に入れています。里見女流四冠はそれを嫌って△9四歩と打ちました。この地点で香を取ってしまえば、▲9五香を無効化できます。

ただ、先手は一歩を手にしたので新たに▲9二歩△同香▲6五角という手段が生じています。後手は香取りが防ぎにくいようですが、△7四角が思わぬ防壁。これが高崎六段の意表を突きました。(第6図)

 

常識的な受けは△8三角ですが、それでは▲8四銀△6五角▲同桂で後手は困ってしまいます。しかし、角を7四から打てば▲8四銀には△8三歩で受けが利きますね。

結論から述べると、ここからの攻め方が本局の明暗を分けました。

 

勝負の分かれ目!

 

 

そもそも、なぜ△7四角という駒の損得を無視した受け方が成立しているのかというと、この将棋は角のレートが著しく落ちている状況になっているからです。

 

その理屈を踏まえると、ここでは▲7四同角とすべきでした。以下、△同歩▲同銀△7三歩▲8三歩△7一銀▲9四香△同香▲8四飛までは妥当な進行でしょう。(C図)

 

 

 

ここから後手が△7四歩で銀を取るのは必然ですね。そこで(1)▲8二角と放り込むか、(2)▲9三歩△同桂▲9四飛と攻める手が考えられる変化です。

 

先手は相当に過激な攻めを実行していますが、飛車が成れれば見返りは大きいのでリスクを取る価値は十分ありました。後手としてはこちらの変化のほうが怖い思いをしたことでしょう。

 

本譜に戻ります。(第6図)

実戦は▲7四同銀△同歩▲7五歩と進行しました。確かにこちらのほうが正攻法の攻めではあるのですが、先述したようにこの将棋は角の価値が暴落しているので、この角銀交換は得ではなかったのです。

 

事実、▲7五歩に対して△9五歩▲7四歩△8三香と進むと、先手の攻めは急激に細くなっています。(第7図)

 

ここまで来ると、「角の価値が低い」という状況がお分かり頂けるのではないでしょうか?

つまり、先手は角を保有していても、敵陣に打ち込む隙はどこにもありません。また、後手としても角より銀を持っているほうが受けに使いやすいですね。要するに、互いにとって角という駒は使い道が見当たらないので、粗大ゴミのような存在に成り下がっているのです。

 

先手は8三の香をどうにかして移動させないと、6五の角が攻めに働かないですね。本譜は▲8五歩△同歩▲同桂と進めましたが、もちろんこの桂は取ってくれません。△6四銀が強気な催促で、先手は角の処遇に悩むことになりました。(途中図)

 

▲5四角と逃げるのは致し方無いところですが、△5三歩▲7六角△7五歩で執拗に角を狙うのが厳しい追及です。先手は角が攻めに役立たないばかりか、後手の目標になってしまい足枷になっていることが痛恨ですね。(第8図)

 

▲9八角と引いても△9七銀があるので、もうこの角は見捨てるより道はありません。

高崎六段は▲9三歩△同香▲9四歩で香との刺し違えを図りますが、どうぞどうぞと言わんばかりに△7六歩▲9三歩成△同銀と応じたのが賢明です。

後手としては8八の飛を押さえ込めば怖いところが無くなるので、△7七歩成が実現するような展開を目指せば良いという訳ですね。(第9図)

 


終盤

 

先手は飛車が成れないと逆転の目が見出せないので、本譜は▲9二角と指しましたが、△8二銀で後手陣はびくともしません。

悠長な真似はできないので、▲8一角成△同飛▲9四桂と食い下がりますが、△9一銀が冷静な決め手。銀取りを受けながら△8五香を見せた一石二鳥の一着です。(第10図)

 

8五の桂をタダ取りされるとゲームオーバーですが、▲7三桂成も△同銀で後手玉は相当に捕まりません。

本譜は▲8六香と支えましたが、これは飛車先を重くする手なので辛い選択ですね。以下、△8四歩▲9三桂成△7五銀打で里見女流四冠は勝勢を確固たるものにしました。(第11図)

 

8四の地点に数を足しておけば、先手の飛車に捌かれる心配は皆無です。そうなると後手は不敗の態勢を築いていると言えますね。

次は△7七歩成が残っていますし、▲6八金などで受けるようでは後手玉に脅威が無いですね。具体的には△6二玉で早逃げされるくらいでも勝てないでしょう。

 

第11図は後手が角得以上の駒得ですし、先手の攻めは切れているので後手勝勢です。以降は十数手ほど指されましたが、波乱なく里見女流四冠が押し切りました。

 


 

本局の総括

 

序盤は後手が意欲的な駒組みを披露した。先手はポジティブに仕掛けたものの、結果的には後手の注文通りだった感がある。
△7四角が意表の受け方で、ここから先手の歯車が狂い始める。
先手は6五の角を残したまま戦う姿勢を取ったのが良くなかった。本譜はこの角がずっと負担になり、苦しむことになる。
後手は△7五歩と打って先手の角を取れることが確定したので、はっきり優位に立った。以降も手堅くまとめて付け入る隙を与えなかった。本局は里見女流四冠の完封勝ちと言えるだろう。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!



2 COMMENTS

あらきっぺ

ありがとうございます!

今後も価値のある記事を執筆できるよう、邁進したいと思います。

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