どうも、あらきっぺです。そろそろ紅葉が楽しみな季節ですね。ジョギングコースにある木々も良い感じに色付いてきました。ちょっとした癒しになっています。
タイトルに記載している通り、相居飛車の将棋から最新戦法の事情を分析したいと思います。
前回の内容は、こちらからどうぞ。
最新戦法の事情・居飛車編(2021年9月号)
・調査対象の将棋は、先月のプロの公式戦から(男性棋戦のみ)。棋譜はネット上や棋譜中継アプリにて公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・記事の内容は、プロの公式戦の棋譜を参考にしておりますが、それを元にして筆者独自の研究内容も含まれております。記事内容の全てが棋譜の引用という訳ではありません。
・記事中に記載している出現率は、小数点第二位を四捨五入した数字になります。
・戦法や局面に対する評価や判断は、筆者の独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、妄信し過ぎないことを推奨致します。
目次
最新戦法の事情 居飛車編
(2021.9/1~9/30)
調査対象局は105局。それでは、戦型ごとに見て行きましょう。
角換わり
舞台はスライド形ではない場所へ
21局出現。出現率は20%で、前月よりも5%落ちました。後述しますが現環境では相掛かりや雁木が増加しており、その影響によって減少したと考えられます。
さて、ここ最近の角換わりで先手は、腰掛け銀からスライド形の将棋に誘導するケースが多いですね。この作戦が優秀と見られています。
現環境において、この局面になれば先手は満足に戦える情勢になっています。なお、詳しい理由につきましては、以下の記事をご覧くださると何よりです。
なので、後手はスライド形にならない駒組みを選ぶ傾向が強まっています。具体案として、△9三歩型の将棋が挙げられますね。(第1図)
この駒組みは、2年半ほど前からちょくちょく指されている形です。
端の位を取らせるのはマイナスですが、先手が▲9六歩→▲9五歩と2手費やしてくれるので、その間に陣形を整えられることが後手の言い分です。それゆえ、この戦型は後手から先攻するケースも多いことが特徴ですね。
さて、ここからは▲5六銀△3一玉と進むのが自然でしょう。そこで先手には複数の候補手がありますが、最も有力なのは▲3八金です。(第2図)
傍目にはまるで狙いが見えませんが、これは仕掛けるタイミングを図っている意味があります。
仮にここで後手が△2二玉と指すと、先手は待ってましたと言わんばかりに▲4五歩と動きます。そうなると、先手は単に▲4五歩と突くよりも得をすることになるのです。詳しい理屈は、以下の記事をご参照してくださいませ。
【先手が▲3八金と寄る理由】
最新戦法の事情 豪華版(2019年6月・居飛車編)
したがって、後手は駒組みを進めるのではなく、さっさと動いてしまう方が面白いですね。すなわち、△6五桂と跳ねるのです。これには▲6六銀が無難な対応ですが、後手は△8六歩▲同歩△同飛で歩を交換しておきましょう。
先手は無条件での歩交換を許すと不本意なので、▲9七角と反発します。以下、△8一飛▲6四角△6三金▲8二歩△7一飛▲8六角△6四歩が進行の一例ですね。
なお、この将棋の実例としては、第80期順位戦B級1組6回戦 ▲稲葉陽八段VS△近藤誠也七段戦(2021.9.30)が挙げられます。(棋譜はこちら)
小競り合いが一段落しました。改めて、状況を整理してみましょう。
先手は歩得になり、かつ後手の飛車を8筋から追い払うことが出来ました。これらは先手の得ですね。
ただし、後手も負けてはいません。なぜなら、一足先に桂を五段目に活用しているからです。加えて、相手に角を投資させたことも見逃せないでしょう。
つまり、この局面は、
先手→歩得と飛の効率の優位性
後手→ 角と桂の効率の優位性
互いにこういった主張を保持していることが読み取れます。
ここからは、その主張をどのように活かすか(もしくは奪うか)が焦点です。現局面は互角の範疇なので、一局の将棋という印象ですね。
それでは、話をまとめます。現環境の角換わりは、スライド形の将棋は先手が戦いやすいので、後手はそうならない駒組みを選んでいます。戦いの舞台は他の場所へ移りました。△9三歩型は、その一環と言えますね。今後は、こういった動きがより活発になっていくのではないでしょうか。
矢倉
2筋の歩交換を優先する
17局出現。出現率は16.2%であり、このところ下降傾向にありますね。
現環境では[△6三銀・△7三桂型]に組み急戦策が猛威を振るっており、(11局出現)これの影響で矢倉を志向するプレイヤーが減っている印象です。
しかし、先手も黙ってやられている訳ではありません。矢倉側も急戦策に対応するべく、工夫を凝らしているのです。(第4図)
図は至って普通の局面に見えますが、先手は早めに2筋の歩を交換していることが目を引きます。なお、従来は参考図のように、これを保留して早繰り銀の構えを作るのが人気でした。(参考図)
早繰り銀は、▲3五歩△同歩▲同銀から▲2四歩で2筋の突破を狙います。なので、攻めの速度という観点で見ると、2筋の歩を交換しない方が一手早く攻撃できます。ゆえに、先手は参考図のような組み方をしていたのですね。
けれども、現環境では後手に有力な迎撃策が見つかっており、ここから先手が良さを求めるのは大変と見られています。詳しくは、以下の記事をご覧くださいませ。
【早繰り銀の迎撃策】
最新戦法の事情 2021年9月号豪華版
そういった背景があるので、ここ最近の先手は攻め合い志向ではなく、受けを重視した組み方にスポットを当てつつあります。「即効性理論」ではなく、「耐久性理論」を使うことで作戦負けを回避しようとしている傾向がありますね。
ちなみに、2筋の歩交換を優先している理由は、持久戦になったときの条件を良くするため。こういった歩交換はすぐに形勢を良くする効力はないですが、持久戦調の将棋になれば必ずアドバンテージになります。なので、「耐久性理論」を使うという訳なのですね。
なお、この作戦の実例としては、第34期竜王戦3組昇級者決定戦 ▲近藤誠也七段VS△増田康宏六段戦(2021.9.2)が挙げられます。
さて、後手はすぐに攻めることは出来ないので、△6二金で整備を進めるのが一案になります。ただ、こう指すと先手は▲5六歩が突きやすくなりますね。(第5図)
この戦型で5筋の歩を突くと、△5五歩から動かれる余地を与えるので、先手にとってはリスクが高い手です。しかし、現局面では△5二飛と回る含みが消えているので、先手は5筋を争点にされても問題ありません。
2筋の歩交換をすると駒組みが一手分遅れますが、遅れるがゆえに相手の態度を見て駒組みを進めることも出来ます。後出しジャンケンがやりやすくなることも、歩交換のメリットの一つなのですね。
また、先手はこの考え方を他の組み方でも応用することが出来ます。(第6図)
ご覧のように、▲4六歩型に組む手法も一理ある指し方です。
これも思想としては、先程と同じですね。つまり、
・歩交換を優先して持久戦の条件を良くする
・耐久性理論を使って相手の速攻を阻止する
という訳です。
なお、この指し方の類例としては、第80期順位戦C級1組4回戦 ▲石井健太郎六段VS△阿部健治郎七段戦(2021.9.21)が挙げられます。(棋譜はこちら)
このように、現環境の矢倉は[△6三銀・△7三桂型]の急戦に対し、早めに2筋の歩交換をして対抗するケースが目立っています。「持久戦になったときの条件を良くする」「耐久性理論を使う」この二点を意識することで、序盤をリードしようとする傾向を感じますね。
現環境の矢倉は、一ヶ月ほど前よりも戦いやすくなった印象を受けます。矢倉党にとっては、良い風向きになりつつあるかもしれません。
相掛かり
後出しジャンケンしようぜ!
31局出現。前回から出現率は22.1%→29.5%とうなぎ登りです。現環境において、最もホットな戦型ですね。
相掛かりという戦型は、作戦のバリエーションが豊富なことが特徴の一つです。ただ、このところの先手は、とある指し方ばかり選んでいます。それは、早めに▲9六歩と突く手法ですね。(第7図)
このように、現環境では▲9六歩を優先する指し方が人気を集めています。31局中、なんと21局がこのオープニングを選んでいますね。これは脅威的な数字です。
今回は、この早く▲9六歩を突く作戦がどういった狙いに基づいたものなのかを解説したいと思います。
この端歩の打診に対し、後手には複数の選択肢があります。例えば、相手の真似をする△1四歩は候補の一つですね。
この場合、先手は2筋の歩を交換して腰掛け銀に組みます。対する後手も、これに追随するのが自然ですね。すると、以下の局面になることが予想されます。(第8図)
後手としては、このように先後同型に近い形で駒組みを進めるのは有力な手法です。こうして相手と動きを合わせておけば、均衡を保つことが出来るという発想ですね。いわゆる「相対性理論」です。
けれども、この局面に誘導できると、先手には面白い構想があります。具体的には、▲9七角が機敏な揺さぶりですね。(途中図)
なお、この指し方の実例としては、第47期棋王戦挑戦者決定トーナメント ▲藤井聡太王位・棋聖VS△斎藤明日斗四戦(2021.9.2)が挙げられます。
後手は歩を取られると損なので△6三銀と受けるのが妥当ですが、先手は▲4五銀△3三金▲7六歩と進めておけば満足な序盤戦に導くことが出来ます。(第9図)
ここから先手は▲6六歩→▲6八銀→▲6七銀という要領で雁木に組むのが楽しみですね。
対して、後手は3三に金を上がらされたことで、綺麗な駒組みが出来なくなっていることが泣きどころ。先手の雁木に対抗し得る囲いを作ることは叶わないでしょう。したがって、この局面は先手が作戦勝ちになりやすい展開と言えます。
先手は初めから腰掛け銀を目指すと、こういった局面を作ることは望めません。しかし、[▲9六歩⇔△1四歩]の交換が入ったことで、普段よりも得した状況に持ち込むことが出来ました。非常にクレバーな組み立てですね。
このように、早い▲9六歩は相手の態度を見て、より良い駒組みを選べることが強みです。先手には複数の有力な駒組みがあり、それを相手の出方を見てから決めようとしているのですね。まさに後出しジャンケンの要領です。
なお、ここで後手は△1四歩ではなく△9四歩とこちら側の端歩を突く手も自然です。ただ、先手はこれに対しても互角以上の序盤戦に誘導することが出来ますね。詳しい解説は、以下の記事をご覧くださいませ。
【△9四歩と突かれたときの指し方】
最新戦法の事情 豪華版(2021年10月号)
雁木
[▲4六角+総矢倉]が優秀だが……
20局出現。出現率は19.0%であり、角換わりに迫りそうな勢いです。今年の8月辺りから増加傾向にあり、目が離せない戦型の一つと言えますね。
雁木の対策は、急戦なら早繰り銀か腰掛け銀、持久戦なら矢倉になります。現環境ではバラエティー豊かにいろいろと指されていますが、筆者は以下の作戦が最も有力だと見ています。(第10図)
このように、駒組みの初期段階で▲4六角と上がってしまうのが面白い作戦です。これを優先することで△7四歩→△7三桂を牽制し、総矢倉を目指すことがこの手の趣意ですね。
なお、この局面の類例としては、第11期加古川青流戦 三番勝負第3局▲服部慎一郎四段VS△井田明宏四段戦(2021.9.26)が挙げられます。(棋譜はこちら)
後手は△4五歩と突けばこの角を追い払うことは出来ます。が、その手を指すと将来、▲3六歩→▲3七桂で伸ばした歩を目標にされてしまうので、リスキーな選択と言えるでしょう。ゆえに、この角はそう簡単には追えません。
そうなると、後手が右桂の活用を図るためには、△4二角→△5四歩→△6四歩→△7四歩……という順を選ぶことになります。その間に、先手は総矢倉の構築を着々と進めます。(第11図)
総矢倉(▲5七銀型)に構えた後は、図のようにさっと▲5五歩と突っ掛けるのが有力な構想ですね。
これは5筋から攻めるという意味ではなく、▲5六銀型に組むことが狙いです。この戦型では▲5六銀型が安定すれば先手は作戦勝ちになりやすい性質があるので、それを目指すのが賢い選択になるのです。
そうなると雁木対策は整っているようにも思えますが、話はそう単純ではありません。実を言うと雁木は、オープニングを工夫すれば、これを簡単に回避することが出来るのです。(第12図)
図のように、振り飛車との併用を見せながら駒組みを進めるのが良いアイデアですね。
ここから先手が[▲4六角+総矢倉]を採用しようとすると、まず第10図のような局面を目指さなければいけません。
ただ、ここで▲7八銀では振り飛車にされたときに作戦がかなり限定されてしまいます。
ここでは▲6八玉が自然ですが、そうなると▲4六角型を作るまでに時間が掛かってしまうので、後手は第10図を回避できるようになります。▲4六角を指される前に、△6四歩が突ける将棋に出来るでしょう。
つまり結論を述べると、[▲4六角+総矢倉]は優秀ですが、オープニングで振り飛車との併用をされると使えません。ゆえに、雁木はそれを実践すれば問題解決できる、ということになります。現環境の雁木は、振り飛車と併用して使う戦法とも言えますね。
その他の戦型
下火の傾向が続く
16局出現。この内、横歩取りが6局指されており、ちょこっと増えている兆しはあります。ただ、相変わらず青野流に苦しめられており、後手の工夫が実った将棋は見られませんでした。
現環境では、2手目△8四歩系の戦法と雁木が支持されており、他の戦法はイマイチと見られている傾向があります。ゆえに、それ以外の戦法は下火ですね。
序盤の知識をもっと高めたい! 常に作戦勝ちの状態で戦いたい! という方は、以下の記事をご覧ください。
参考 最新戦法の事情【居飛車編】(2021年10月号 豪華版
最新の戦術には興味があるけど、どう指して良いのか分からない。どうしてプロがこういった指し方をするのかを知りたい。そういったお気持ちがある方には、うってつけのコンテンツとなっております。
有料(300円)ではありますが、その分、内容は深堀しております。よろしければご覧ください!
今回のまとめと展望
【現環境の最強は?】
相変わらず、昨今の相居飛車は2手目△8四歩系の将棋が主流です。これに対して何が有力かですが、最も良さを求めやすいのは角換わりだと考えています。「スライド形を目指す」という明確な指針があることは心強いですね。
ただ、角換わりは研究勝負のテイストが濃くなりがちなので、その辺りは好みが分かれるところでしょうか。
逆に序盤は無難に行きたい、という方は矢倉か相掛かりがおススメです。受け将棋なら矢倉、攻め将棋なら相掛かりが適性が高そうですね。
現環境は、[角換わり・矢倉・相掛かり]の優劣の差が小さいので、自分好みの戦型を選びやすくなっているように感じます。一ヶ月ほど前までは矢倉が苦戦気味だったので二択でしたが、今は幅が広い印象ですね。
【空前の後出しジャンケンブーム】
本文でも何度か登場していますが、現環境では「後出しジャンケン」を用いるケースが非常に増えています。可能性を狭めず、とにかく手広いオープニングが好まれる傾向が見られますね。
例を示すと、この相掛かりの▲9六歩は、その最たるものです。ざっくばらんに述べると、この段階で先手は、自分が目指すべき形を決めようとしていません。自分の正体は見せず、相手の態度を見てから相性の良い形に誘導しようとしているのです。
また、上記の作戦も発想は全く同じですね。とにかく形を決めない手を優先的に指し、相手の作戦が決まってから、いそいそと自分の方針を決める指し方が支持を集めているのです。
このように、現環境では何か特定の決まった形(もしくは作戦)が強いという訳ではなく、複数の作戦を同時並行で使える作戦が強いと考えられています。その上で、敵の手の内を見てから自分の作戦を決める―――すなわち、「後出しジャンケン」を使うケースが、様々な戦型で見られるのが特徴ですね。
確かにこれは極めて理に適っていますし、事実、強力な戦術であることは本文で述べた通りです。現環境では、持ち球の多いプレイヤーの優位性がぐんと高まっている情勢になっている印象ですね。
それでは、また。ご愛読いただき、ありがとうございました!