どうも、あらきっぺです。先日、オリンピックの卓球男子シングルの決勝を見ていたのですが、何だか将棋ソフトが対戦している棋譜を見ているような感覚を覚えました。お互いにやってることが凄すぎて、しかも全然一撃で倒れない…。アスリートの努力の結晶を垣間見た思いです。
タイトルに記載している通り、相居飛車の将棋から最新戦法の事情を分析したいと思います。
前回の内容は、こちらからどうぞ。
最新戦法の事情・居飛車編(2021年4・5月合併号)
・調査対象の将棋は、先月のプロの公式戦から(男性棋戦のみ)。棋譜はネット上や棋譜中継アプリにて公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・記事の内容は、プロの公式戦の棋譜を参考にしておりますが、それを元にして筆者独自の研究内容も含まれております。記事内容の全てが棋譜の引用という訳ではありません。
・記事中に記載している出現率は、小数点第二位を四捨五入した数字になります。
・戦法や局面に対する評価や判断は、筆者の独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、妄信し過ぎないことを推奨致します。
目次
最新戦法の事情 居飛車編
(2020.5/1~6/30)
調査対象局は171局。それでは、戦型ごとに見て行きましょう。
角換わり
銀矢倉を作って戦う
32局出現。この内の半分以上が腰掛け銀の将棋になっています。先手は早繰り銀や素早く桂を跳ぶ速攻策もありますが、やはり腰掛け銀が不動の一番人気ですね。
現環境の角換わりは、先手が如何にしてX図を回避するかが一つの焦点となっています。近頃は、基本形から一手ズラした将棋に誘導する指し方が流行っていますね。その具体案の一つが、▲2七飛と浮く手法です。(参考図)
これは△4二玉なら、▲2八飛△5二玉▲2九飛△4二玉▲8八玉と進める狙いです。先手は飛車が不可解な動きをしているようですが、これは手番を調整している意味があります。(第1図)
この応酬で先手は一手損になっているのですが、前述のように基本形から手番をズラすことが目的なので、これで問題ないと見ています。確かに、こうすればX図とは状況が変わりますね。
今回は、この基本形から一手ズレた将棋(以降は「スライド形」と表記)をテーマに解説を進めたいと思います。
ここで後手は待機に徹するなら△5二玉⇔△4二玉と往復するのですが、その姿勢では消極的であり、不都合な結果を招きます。詳しい理由は、以下の記事をご参照くださいませ。
そういった背景があるので、後手は△5四銀と上がって攻め味を見せる方が勝ります。これに対して先手は複数の選択肢があるのですが、現環境では▲6七銀と引く手がホットな形の一つですね。(第2図)
これの狙いは、「自分だけ銀矢倉に組むことで堅さの差を主張すること」です。ただし、この銀矢倉は仮の姿であり、必ずしも「金銀三枚の囲いを作ることに拘っているわけではない」ということを念頭に置いてください。
ちなみに、銀矢倉はこの戦型における理想形の一つです。ゆえに、後手は易々とこれを許したくはありません。
反発するなら△5五銀が挙げられます。銀を引いたことを逆手に取っていますね。しかし、先手はこの手が来るのを待っています。なぜなら、▲3五歩△同歩▲5六銀というカウンターが撃てるからです。(第3図)
なお、この指し方の実例としては、第6期叡王戦本戦 ▲丸山忠久段VS△木村一基九段戦(2021.5.27)が挙げられます。
銀交換になると、▲6三銀と打つ攻め筋が生まれますね。先手も△4七銀と打たれる傷は抱えていますが、この打ち合いは玉が囲いに入っている先手の方が旗色が良いので、問題ありません。
そうなると、ここで後手は△4六銀とかわすことになりますが、▲4五桂から先手の攻めが続きます。攻めが細いので簡単ではありませんが、この変化は玉が堅い状態で攻勢に出ている先手が面白い将棋という印象ですね。
話をまとめると、▲6七銀と引いた局面は、先手が堅い玉型を活かして攻勢に出る展開になりやすく、満足に戦える印象です。6七に引き付けた銀を、場合によっては繰り出していく姿勢を見せることがこの形のポイントですね。
現環境の角換わりは、腰掛け銀からスライド形の将棋に持ち込めば、先手が互角以上に戦えると見ています。後手としては、スライド形に誘導されない工夫が求められていると言えるでしょう。
矢倉
[△6三銀・△7三桂型]の急戦策が優秀
45局出現。出現率は26.2%。今回の期間では、最も多く指された戦型でした。
後手の作戦はバラエティーに富んでいますが、一番人気は[△6三銀・△7三桂型]の構えを作る急戦策。この指し方は今回の期間では12局も指されています。後手の急戦策は色々なパターンがありますが、近頃はこの指し方に一極集中している印象ですね。(第4図)
第11図は、この戦型における基本図とも言える局面です。お互いに、ここからの構想がとても大事ですね。
先手は攻め味を見せるなら▲3七銀→▲4六銀と銀を繰り出すのが一案です。けれども、この指し方は後手が袖飛車に組む構想に対して相性が悪く、先手は苦労しやすいところがあります。詳しくは、以下の記事をご覧くださいませ。
最新戦法の事情・居飛車編(2021年4・5月合併号)
そこで今回は、▲5六歩と突く手を掘り下げてみましょう。これは角の働きを重視する指し方になります。(第5図)
なお、この局面の実例としては、第80期順位戦C級2組1回戦 ▲池永天志五段VS伊藤匠四段戦(2021.5.20)が挙げられます。(棋譜はこちら)
ここは後手も選択肢が広く、好みが分かれる局面です。ただ、基本的には急戦策がメインなので、△3三銀は指しにくいですね。それよりも、早い▲5六歩を逆手に取るプランを考えたいところです。
具体的には、△5四歩と突いて5筋を争点にするのが最有力。先手はもちろん▲2四歩△同歩▲同角で歩交換をします。ただ、△2三歩のときに角の引き場が要注意ですね。(途中図)
平凡な応手は▲6八角ですが、これは△5五歩▲同歩△同角で中央から動かれる手が厄介です。こう進むと先手は▲5六歩と突いた手を逆用されているので、芳しくありません。
という訳で、先手は▲4六角と引くほうが正しいですね。これで△5五歩を牽制しておくことが肝要です。(第6図)
このあと先手は▲3七桂と跳ねたり、▲6九玉→▲5八金で囲いを整備するのが一案です。
ただ、実を言うと、先手はのほほんと出来る訳ではありません。なぜなら、いずれ後手は△5三銀→△4四銀→△5五歩という要領で、やはり5筋から戦いを起こしに来るからです。それに対する策を用意できていないと、先手はこの局面を選べないですね。
話を総括すると、この早めに▲5六歩を突く作戦は、角の働きが格段に良くなることがメリットです。けれども、これを指すと先手は絶えず5筋からの攻めを心配しなくてはいけないので、必然的に受け身の態勢になってしまうことがネックです。主導権を握るような展開にはなりにくいので、些か面白くない指し方かもしれません。
現環境の矢倉は、[△6三銀・△7三桂型]の構えを作る急戦策に手を焼いています。現時点では有力な対策が見つかっておらず、先手の苦労が目立つ将棋になりやすいですね。矢倉は課題を突きつけられていると言えるでしょう。
相掛かり
後手が対策を整えている
43局出現。出現率は25%であり、人気の高さが読み取れる数字が出ています。
先手はAlphaZero流を志向する指し方が最も多く、(10局)この流れは4月頃と変わりがありません。これに対して後手の対策はいろいろありますが、今回はオーソドックスに△5二玉型で対抗する将棋を見ていきたいと思います。(第7図)
AlphaZero流は、なるべく8筋の歩を打たずに戦うことが主眼です。ゆえに、ここは▲3七桂と跳ねることになります。こうして受けを必要最小限に留めるのがこの作戦の特徴の一つですね。
ただ、歩を受けないと角頭のケアを放棄していることは確かです。なので、△8七歩▲9七角△8二飛という筋がありますね。後手としては、これで咎めることが出来れば最もシンプルと言えます。(第8図)
さて、先手はひとまず△9五歩への対処を講じなければいけません。案としては、▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2五飛が考えられます。歩を交換しながら角頭を守っているので、これが一番自然な対応と言えるでしょう。(第9図)
後手は△9五歩を実行することは難しくなりました。なので、それを阻んでいる先手の飛車を目標にしたいところ。そうなると△3四歩が自然ですね。これは△4四角→△3三桂を視野に入れています。
先手もそれを見せられると、黙っている訳には行きません。よって、△3四歩には▲2四歩△同歩▲同飛と動くことになります。以下、△9五歩▲4五桂△4二銀と進んだ局面をどう見るかですね。(第10図)
なお、この局面の実例としては、第69期王座戦挑戦者決定トーナメント ▲稲葉陽八段VS△石井健太郎六段戦(2021.5.7)が挙げられます。
先手が気分よく攻めている雰囲気はありますが、争点が少ないので攻めを続けるのは容易ではありません。また、端の嫌味や△3三桂とぶつけられる手も残っているので、忙しい状況でもあります。それらを考慮すると、筆者はこの局面は先手が大変ではないかと考えています。攻めているというよりも「攻めさせられている」という感が強いですね。
この△8七歩と打つ対策は、AlphaZero流を根本から否定する指し方です。先手は▲8七歩を打たずに戦う作戦なので、この変化をクリアすることは必須ですが、なかなか有力な打開策を見出せていないのが実情です。AlphaZero流は面白い作戦ですが、現環境では使いにくい印象ですね。
雁木
新たなる刺客
24局出現。そのうち16局が後手番での採用。雁木はどちらかと言えば受け身の戦法なので、先手番で採用するプレイヤーは少数派ですね。
雁木目線で話をすると、やはり急戦策をぶつけられるのが怖い指し方です。今回は、右四間飛車を相手にしたときの将棋を解説していきましょう。(第11図)
右四間飛車に対して雁木は普通に囲いを固める指し方もありますが、それだと一方的に攻められる展開が目に見えています。ゆえに、昨今では図のように居玉のまま駒組みを進めるのが流行りですね。囲いの構築よりも、攻撃態勢を作ることを優先したいという意図があります。
さて、右四間飛車は[飛・角・銀・桂]の四枚で攻めることが特徴です。よって、ここは▲3七桂と跳ねるのが自然でしょう。ただ、そう指すと後手は△6四銀と上がって来ます。これが狙いの一手ですね。(参考図)
傍目には、自ら4筋の守りを手薄にしているので違和感を覚えるかもしれません。ところが、後手はこの手を指しておくと、先手の攻めをいなすことが出来るのです。詳細は、以下の記事をご参照くださいませ。
こういった背景があるので、近頃は右四間飛車も鳴りを潜めていました。ですが、ここから先手は意欲的な工夫を見せた将棋が登場します。▲4五歩△同歩▲7五歩△同歩▲3七桂が新機軸の仕掛けですね。(第12図)
なお、この指し方の実例としては、第79期名人戦七番勝負第5局 ▲斎藤慎太郎八段VS△渡辺明名人戦(2021.5.28)が挙げられます。(棋譜はこちら)
歩を突いた後に桂を跳ねているのでワンテンポ遅れているようですが、これは「△6四銀を指される前に動く」という意図があります。△5三銀型の状態で▲7五歩を突けば、後手は△同歩と取るしかありません。そうしておけば、▲7四歩のキズが残るので受けにくいだろうと主張しているのです。
さて、後手は▲4五桂と▲7四歩という二つの攻め筋を見せられているので、なかなか受けが難しそうですね。しかし、ここから最善を尽くせば均衡を保つことは可能です。ご興味のある方は、以下の記事をご参照くださいませ。
横歩取り
金の圧力で戦う
12局出現。この内、7局が青野流の将棋です。やはり、横歩取りはこの戦法との戦いですね。
青野流に対して後手は、あの手この手と色々な球を投げています。中でも、この指し方は目を引きました。(第13図)
横歩取りにおいて、この場所に金を上がるのは極めて稀ですが、これがアグレッシブな構想です。見るからに力強い一着ですね。
なお、この将棋の実例としては、第80期順位戦B級1組1回戦 ▲藤井聡太二冠VS△三浦弘行九段戦(2021.5.13)が挙げられます。(棋譜はこちら)
先手は▲3五飛が妥当ですが、後手は△5一金▲3八銀△8四飛で形を整えておきます。△2三金型は歪な配置に見えますが、後手はこの金で相手の攻撃陣を圧迫するのが今後の狙いの一つですね。(第14図)
例えば、ここで▲2五飛だと、△2四金▲2九飛△8八角成▲同銀△3三桂と進めます。その局面は、次に△3五歩から桂頭を攻める手が楽しみなので、後手まずまずと言えるでしょう。
この作戦は2三の金が奇妙な配置ではありますが、先手の飛車にプレッシャーを掛けやすいことが自慢の一つです。△2四金や△3四金が飛車に当たってくるので、先手はなかなか▲4五桂と跳ぶ展開にはなりません。今後の主力になり得るかどうか、要注目ですね。
その他の戦型
魅力的には映らない
15局出現。後手が投げる変化球は一手損角換わりが最も多かったですが、それでも4局の出現に留まっています。
元々、一手損角換わりは早繰り銀に対して勝ちにくいと見られている戦法です。そして、昨今では通常の角換わりに対しても早繰り銀を採用するケースも散見されます。それを考えると一手損角換わりはやる気がしないと思われているのかもしれませんね。
序盤の知識をもっと高めたい! 常に作戦勝ちの状態で戦いたい! という方は、以下の記事をご覧ください。
参考 最新戦法の事情【居飛車編】(2021年6・7月合併号 豪華版
最新の戦術には興味があるけど、どう指して良いのか分からない。どうしてプロがこういった指し方をするのかを知りたい。そういったお気持ちがある方には、うってつけのコンテンツとなっております。
有料(300円)ではありますが、その分、内容は深堀しております。よろしければご覧ください!
今回のまとめと展望
【現環境は角換わりと雁木が面白い】
今回の期間では、矢倉と相掛かりが多く指されました……が、これらの戦法は後手の対策が行き届いており、先手はなかなか良さを求めることが出来ません。特に、矢倉は苦労が多い印象を受けますね。
現環境では、先手なら角換わり、後手なら雁木を志向するのが面白いと見ています。角換わりはスライド形の将棋に誘導すれば主導権を取れますし、雁木は急戦策にきちんと対抗できるからです。この二つの戦法を使いこなすことが、今の相居飛車を勝ち抜く最適解だと言えるでしょう。
それでは、また。ご愛読いただき、ありがとうございました!