どうも、あらきっぺです。最近、朝にジョギングをすることを新たな日課にしています。とはいえ、別に健康志向とかではなく、ただ単に眠いから走りに行くだけなんですが笑
タイトルに記載している通り、相居飛車の将棋から最新戦法の事情を分析したいと思います。
前回の内容は、こちらからどうぞ。
最新戦法の事情・居飛車編(2021年8月号)
・調査対象の将棋は、先月のプロの公式戦から(男性棋戦のみ)。棋譜はネット上や棋譜中継アプリにて公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・記事の内容は、プロの公式戦の棋譜を参考にしておりますが、それを元にして筆者独自の研究内容も含まれております。記事内容の全てが棋譜の引用という訳ではありません。
・記事中に記載している出現率は、小数点第二位を四捨五入した数字になります。
・戦法や局面に対する評価や判断は、筆者の独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、妄信し過ぎないことを推奨致します。
目次
最新戦法の事情 居飛車編
(2020.8/1~8/31)
調査対象局は68局。それでは、戦型ごとに見て行きましょう。
角換わり
激流を緩和せよ!
17局出現。7月から出現率は20.4%→25%と推移しました。今回の期間では、最も数字を伸ばした戦型です。
角換わりが増加した要因は、先手が勝ちやすい将棋に誘導しやすいからという理由が一番だと見ています。具体的に言うと、先手は腰掛け銀からスライド形の将棋に持ち込むのが一番人気ですね。なお、スライド形とは、以下の図面のことを指します。
ここからの変化は多岐に亘りますが、後手は苦労を強いられることが多く、現環境では満足に戦えていないケースが目立ちます。ただ、8月の上旬に後手が新機軸を出した将棋が登場しました。今回は、この将棋を取り上げてみましょう。(第1図)
この局面は、スライド形基本図から△5四銀▲4五桂と進んだ変化の定跡形です。この局面に至るまでの詳細な変化は、以下の記事をご参照してくださると幸いです。
さて、現局面の後手は6・7筋の歩を突っ掛けているので、攻めの姿勢を見せたいところ。ただ、自陣に目を向けると2二の金が気になる存在です。壁金を残したまま戦うのはお世辞にも賢明とは言えません。
ゆえに、後手は△3二金と悪形を立て直すのが自然ではあるのですが、そうするとすかさず▲2二歩を打たれてしまうのです。
この戦型の後手は壁金を改善しようとしても、その度に▲2二歩を利かされるので、いつまで経っても壁金を解消できない縛りがあります。その設定が痛く、この定跡は先手が指しやすいという見解が固まりつつあるのです。
しかし、後手はその問題点をクリアする修正案を打ち出しました。まず、△8六歩▲同歩△8五歩▲同歩で継ぎ歩をしてから△3二金と寄ります。先手はもちろん▲2二歩と打ちますが、そこで△3三桂と跳ねるのが今までに見られなかった手順ですね。(第2図)
なお、この将棋の実例としては、第6期叡王戦五番勝負第3局 ▲藤井聡太二冠VS△豊島将之叡王戦(2021.8.9)が挙げられます。(棋譜はこちら)
一般的に、攻め駒と守り駒の交換は攻め側が得とされています。なので、この△3三桂はセオリーに反しているのですが、後手は前もって8筋に手を着けたことで、スムーズに△8五桂を跳べるようになっています。
それはつまり、攻めの速度が加速していることを意味します。なので、後手は攻め合いを挑む条件が良くなっているのですね。そういった理由により、後手は受けに回る△2二同金ではなく、△3三桂から手駒を入手する姿勢を取っているのです。
ただ、結論から述べると、これは些か無理気味な動きでした。なぜなら、▲3三同桂成△同銀▲8四角という巧妙な受けがあるからです。これが激流を堰き止める着想ですね。(第3図)
本来、大駒は攻防に利く場所に配置するのが理想です。それを踏まえると、この角は受け一方であり、不本意な一手に映るかもしれません。
しかし、ここに角を設置しておけば△8五桂を阻止することが出来ますね。この桂さえ跳ねさせなければ、後手からの攻めは無い形です。攻めが無ければ「8筋の継ぎ歩や▲2二歩を取らなかった姿勢は指し過ぎですよ」と相手に突きつけることに繋がります。これが▲8四角の意図ですね。
後手としては、この角を負担にさせる展開に持ち込めれば理想ではあります。しかし、いずれ先手は▲7五角→▲6六角と活用することが出来るので、これが遊び駒になることはありません。
この局面は、「攻め合いに持ち込む」という後手の構想が頓挫しているので、先手が指しやすい将棋と言えるでしょう。
話をまとめます。確かに、8筋を継ぎ歩してから△3三桂とぶつけるのは面白い工夫です。これにより、後手は今まで悩まされていた壁金の呪縛からは解放されることになりました。
しかし、その代償に攻め駒と守備駒の交換という不利な取引を受け入れていることは確か。先手はそこでポイントを稼いでいるので、このように受け一方の姿勢を取りやすくなっているのです。「金持ち喧嘩せず」という訳ですね。
やはり、現環境の腰掛け銀は、スライド形の将棋に持ち込めば先手が指せる状況だと考えられます。
矢倉
下段飛車で対抗する
15局出現。このうち、相矢倉は6局で、残りは急戦系の将棋です。昨今の矢倉はがっぷり四つに組み合う将棋ではなく、どちらかが急戦に打って出るのが「普通」となっていますね。
現環境では相変わらず[△6三銀・△7三桂型]を早めに作る急戦策が主流です。これに対し、先手は居玉のまま早繰り銀を見せるのが最もアグレッシブな対策になります。(第4図)
後手はここから凡庸に駒組みを進めると、▲4六銀→▲3五歩から先攻されてしまいます。したがって、何かしら策を練らなければいけません。具体案の一つに、△5四歩▲4六銀△7二飛で袖飛車に構える指し方が考えられます。(参考図)
これは、今年の4月に登場し、7月上旬までかなり活発に指された形です。早めに袖飛車に構える手法は斬新で、多くの注目を集めました。
けれども、8月に入ったから忽然と姿を消しています。その最たる理由は、先手の対策が整い、カウンターが炸裂しにくくなったことが挙げられます。詳しい内容は、以下の記事をご参照くださいませ。
そういった背景があるので、現環境の後手は袖飛車ではない指し方に活路を求めています。今回は、その手法を掘り下げてみましょう。
まずは、△8五歩と伸ばします。これは次に△6五桂▲6六銀△8六歩を見せていますね。先手は▲6八角とそれに備えるのが妥当ですが、後手は△6二金▲5六歩△8一飛で下段飛車に構えておきます。これが新たな改良案ですね。(第5図)
なお、この局面の類例としては、第7期叡王戦段位別予選四段戦 ▲渡辺和史四段VS△伊藤匠四段戦(2021.8.11)が挙げられます。
後手は次に△5二玉が指せれば、自陣がぐっと安定します。居玉を解消しながら飛車の横利きがスッと下段に通るので、この手はすこぶる価値が高いですね。
問題は、ここで▲4六銀から先攻を狙われた場合ですが、後手は最善を尽くせば相手の攻めをいなすことが可能です。詳しい解説は、以下の記事をご参照くださいませ。
この作戦は、袖飛車よりも飛車が受けに使いやすいので、守備力の高さが自慢と言えます。一歩を入手すれば△8六歩▲同歩△8五歩からすぐに反撃できるので、受け一方になることもありません。こちらの方が、後手はより良い指し方という印象を受けますね。
現環境において、この戦型の先手は早繰り銀では対抗できません。先手は課題を突きつけられている格好です。
相掛かり
歩交換を利用する
15局出現。出現率は22.1%。7月からは7%ほど下降しましたが、それでも多く指されています。特に、8月の後半から集中的に指されるようになっていますね。最近のタイトル戦でも、この戦型が主戦場です。
ここ最近の相掛かりは、先手が早い段階で工夫を凝らす傾向が強いことが特徴です。今回は、お互いが中住まいに組む将棋での先手の工夫を見ていきましょう。(第6図)
第6図は、現代相掛かりにおいて頻出しやすい局面です。ここからは△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8四飛といった進行がポピュラーですね。
ただ、先手は平凡に駒組みを進めると互角の範疇に収まってしまうので、良さを求めることが難しくなってしまう問題があります。詳しい理屈は、以下の記事をご覧くださると幸いです。
プロの公式戦から分析する最新戦法の事情(12月・居飛車編)
なので、先手はこの辺りから工夫を凝らしていく必要があります。
具体的には、△8六歩▲同歩△同飛の瞬間に▲2二角成△同銀▲8八銀が挙げられますね。(第7図)
なお、この局面の類例としては、第62期王位戦七番勝負第4局 ▲豊島将之竜王VS△藤井聡太王位戦(2021.8.18~8/19)が挙げられます。(棋譜はこちら)
この手の意味は、後手の歩交換を逆用することにあります。
例えば、ここで後手が△8四飛と引くと、▲7七桂→▲8五歩という要領で飛車を押さえに行く手がありますね。これは普通よりも高い場所に歩を打てているので、先手は普段よりもお得な状況を作ることが出来ます。
気になるのは、ここで△4四角と打ってくる手です。これで咎められてしまうとお話になりません。
しかし、心配無用。これには▲8七歩と打っておけば、先手が形勢を損ねることはありません。(第8図)
△2六角には▲8六歩、△8五飛には▲3六飛と応対すればバランスは保たれています。どちらの変化もいい勝負ではありますが、先手は自分だけ角を手持ちにしているので、少なくとも不満は感じない将棋でしょう。
このように、中住まい系のミラーゲームから▲8八銀と上がって飛車先を受けるのは面白い工夫です。相手の歩交換を利用して左辺から手を作ることが期待できるので、動き方としても効率が良いことが自慢ですね。要注目のアイデアと言えるでしょう。
雁木
早繰り銀は怖くない
11局出現。相雁木になった将棋も含めると、11局中、9局が後手番での採用でした。2手目に△8四歩を突かない居飛車党や、振り飛車党のプレイヤーが指しているケースが目立ちます。
雁木に対して、先手は急戦でぶっ飛ばすことが出来ればシンプルです。急戦策としては、下図のような[左美濃+腰掛け銀]が候補の筆頭ですね。(仮想図)
ただ、雁木側も対策を進めており、現環境では簡単には潰れなくなっています。詳しくは、以下の記事をご覧くださいませ。
最新戦法の事情・居飛車編(2021年1月号)
そういった背景があるので、先手は腰掛け銀ではなく、早繰り銀で倒しに行く指し方も見られます。今回は、この戦型をテーマにしましょう。(第9図)
先手が[左美濃+早繰り銀]というチョイスを選んだ場合、後手は図の構えで立ち向かうのが最強の組み方です。
なお、図の△7四歩に代えて△5四歩と突くのも自然に見えますが、それは先手の強襲を誘発するので危険な意味があります。
【雁木をやっつける定跡手順】
雁木が☖54歩を早く突いた場合、☖53銀を指される前に☗35歩から仕掛けましょう。
☖45歩には☗同銀→☗24歩→☗33角成と進めます。☖同金には☗66角と打てば良く、☖同桂には☗54銀の突進が成立します。ここまで爽快に捌ければ先手良しですね。#今日の将棋クエスト pic.twitter.com/EsKxpOfanz
— あらきっぺ (@burstlinker0828) September 28, 2021
さて、ここで先手は玉型を手入れするなら、▲7九玉になります。しかし、△7三銀や△7三桂との交換は損をしている可能性が高いですね。
後手の銀桂が進んでくると、攻め合いの将棋に持ち込まれることは確実です。そうなると、一方的に攻め倒す展開にはなりません。現状だと、まだ相手は攻めの形が整っていないので、先手はそのアドバンテージを活かしたいところなのです。
よって、ここは▲3五歩と直ちに動く方が作戦の趣旨に合っています。後手はこの歩を取ると相手の銀を進ませるので、無視して△7三銀が良いでしょう。先手は▲3八飛と寄って力を溜めますが、そこで△4五歩と反発するのが明るい判断になります。(第10図)
なお、この局面の実例としては、第15回朝日杯将棋オープン戦一次予選 ▲黒田尭之五段VS△古賀悠聖四段戦(2021.8.31)が挙げられます。
これを▲同銀だと、△7七角成→△2七角の両取りが待っています。
なので、先手は▲3三角成△同桂▲3四歩と攻めることになるでしょう。以下、△3四同銀▲同飛△4六歩が進行の一例ですね。
上記の変化は難解ではありますが、こういった激しい駒交換になると、先手は▲7九玉の一手が入っていないことがネックです。お互いに玉型に不安がある状態で戦っているので、この変化はいい勝負だと考えられます。
話をまとめると、現環境の雁木は、腰掛け銀・早繰り銀どちらの場合も受けの手法が確立しており、十分に対抗できる状況になっています。先手としては、前回の記事に記したように、矢倉で戦う方が面白いのかもしれません。
その他の戦型
横歩取りが増えつつあるが……。
10局出現。この内の6局が横歩取りを志向するものでした。7月と出現率を比較すると、3%→8.8%と推移しているので、ずいぶんと増えています。
ただ、内容面では後手が苦労している印象で、どうも結果には結び付いていないのが実情です。今の相居飛車は[角換わり・矢倉・相掛かり・雁木]の四つが主戦場で、他の戦法は支持を得られていないですね。
序盤の知識をもっと高めたい! 常に作戦勝ちの状態で戦いたい! という方は、以下の記事をご覧ください。
参考 最新戦法の事情【居飛車編】(2021年9月号 豪華版
最新の戦術には興味があるけど、どう指して良いのか分からない。どうしてプロがこういった指し方をするのかを知りたい。そういったお気持ちがある方には、うってつけのコンテンツとなっております。
有料(300円)ではありますが、その分、内容は深堀しております。よろしければご覧ください!
今回のまとめと展望
【二刀流になろう】
先述したように、今の相居飛車は[角換わり・矢倉・相掛かり・雁木]が四大戦型です。そして、それぞれの環境としては、
角換わり → 先手持ち
矢倉 → 後手持ち
相掛かり → 先手持ち
雁木 → 急戦は効かない
という状況です。
これを踏まえると、先手目線では2手目△8四歩には角換わりか相掛かりを採用し、2手目△3四歩から雁木の場合には矢倉を採用するのが現環境では最強であることが読み取れます。
本来、矢倉は2手目△8四歩のときに用いる戦法であり、角換わりや相掛かりを選ぶプレイヤーは覚える必要のない戦型ではありました。しかし、現環境では雁木の防御力が強まっているので、それに対抗するために矢倉を指せるようになっておく必要が生まれつつあります。矢倉は、従来とはかなり立ち位置が変わった印象ですね。
なお、雁木を矢倉で攻略する作戦につきましては、以下の記事をご覧くださいませ。
それでは、また。ご愛読いただき、ありがとうございました!
第7図は先に88飛車なり、同金、44角にはどうするんですか?先生教えて下さい!
▲6六飛と回れば、駒得を維持できるので大丈夫です!