どうも、あらきっぺです。
5/3~5/5にかけて、第32回世界コンピュータ将棋選手権が開催されましたね。既報の通り、dlshogi with HEROZ が優勝されました。おめでとうございます!
第32回世界コンピュータ将棋選手権の決勝戦でdlshogi with HEROZが優勝しました。
ディープラーニング系の将棋AIが、世界将棋AI電竜戦に続いて、世界コンピュータ将棋選手権で優勝という結果となりました。
ここまで来ることができ、ホッとしています。#wcsc32— k kanou (@k_kanou) May 5, 2022
本日開催の第32回世界コンピュータ将棋選手権の決勝戦でdlshogi with HEROZが優勝しました!最終局で、劣勢から逆転して勝利しました。ディープラーニング系の将棋AIが世界コンピュータ将棋選手権で優勝するのは初です。今大会でどういう工夫を行ったかは後日ブログに書きたいと思います。#wcsc32
— 山岡忠夫 (@TadaoYamaoka) May 5, 2022
dlshogi with HEROZ、非勢をひっくり返して世界コンピュータ将棋選手権初優勝です!
チームメンバーとして素直に嬉しいです。山岡さん、加納さん、大森さんお疲れさまでした pic.twitter.com/O2wKLPu2ZU
— Yu Yamaguchi / 山口 祐 (@ymg_aq) May 5, 2022
\🥇『dlshogi with HEROZ』優勝🥇/
劣勢から逆転勝利㊗️
5/5_第32回世界コンピュータ将棋選手権
ディープラーニング系の将棋AIが優勝するという当選手権史上初の快挙達成🎊
チーム、関係者の皆さんお疲れさまでした💮後日、メンバーより今回の工夫点などが明かされるとのこと🦸♂️✨お楽しみに🤗#WCSC32— HEROZ, Inc. (@HEROZ_PR) May 6, 2022
そして、優勝決定戦の将棋が途轍もない名局だったんですよ! この棋譜の素晴らしさと並べ終わったあとの余韻を忘れたくないので、筆を取ることにいたしました。
遅まきながら、昨日に行われた第32回世界コンピュータ将棋選手権の優勝決定戦である☗二番絞りVS☖dlshogi with HEROZを並べました。https://t.co/CpnicObo0u
うーん! これは本当に凄い! 並べ終わったあと、思わず「美しい……」と声が出ました。
名局を生み出した両対局者に心から拍手喝采です!
— あらきっぺ (@burstlinker0828) May 6, 2022
という訳で、さっそく解説に入りたいと思います!
なお、本局の棋譜は、こちらからご覧くださいませ。
目次
第32回世界コンピュータ将棋選手権 決勝7回戦
2022年5月5日
先手 二番絞り
後手 dlshogi with HEROZ
本局の骨格
戦型は角換わり腰掛け銀。プロ棋界でも多数の実戦例がある定跡形になりました。
ちなみに、この局面は基本形から△5二玉▲7九玉△4四歩▲8八玉△4一飛と進んだ局面です。
この後手の指し方は、プロ棋界では少数派ではありますが、先手にとっては手強い指し方の一つ。また、将棋ソフトが好む指し方である印象もありますね。昨年の8月に行われた電竜戦長時間マッチの対局でも、水匠が採用していた作戦です。
これに対して先手の方針はいろいろあるのですが、二番絞りは玉を固めるプランを採用します。
以降は細々とした小競り合いがあり、次の局面になりました。
さて、ご覧のように、先手は金銀を密着させ、やや偏った配置になっています。逆に、後手は隙が生まれないよう、金気を分散させていますね。
そして、この構図が本局の骨格と言えます。すなわち、
二番絞り → 玉の堅さ
dlshogi → バランスの良さ
お互いに、こういった主張を持っている訳ですね。
そして、本局はこの異なる主張を、とことん、ぶつけ合う将棋になります。その前提を踏まえて、ここからの攻防をご覧いただければと思います。
流れを引き寄せたお手入れ
「堅さ」という主張を活かすためには、とにかく攻めなければいけません。という訳で、先手は▲4五歩△同歩▲同桂からガンガン攻め込んでいきます。
この局面は、[堅さ VS バランス]という構図らしい状況ですね。
堅さを重視すると駒が偏るので、相手に侵入を許しやすくなります。だからこそ、後手は4六に角を設置しているのですね。dlshogi は、「早く攻めないと馬を作って、じわじわポイントを稼ぎますよ」とプレッシャーを掛けているのです。
反面、玉が堅いと相手の反撃を気にすることなく攻め掛かることが出来ます。ゆえに、ここから二番絞りは▲3四飛△4三銀▲3二飛成と飛車を切り飛ばして猛攻しました。こうした大胆な攻め方は、バランス型の玉型では出来ない芸当ですね。
とはいえ、飛車を渡すと、当然、相手もそれを使って攻めてくることが予想されます。
この辺りは dlshogi が反撃に出ており、形勢も後手が良さそうに思えるところ。何と言っても大駒が三枚あることは魅力ですし、次に△5七桂成という厳しい狙いも残っています。
ところが、次の一手で流れが変わります。その手は……
▲7八桂!
これが「玉の堅さ」という主張を取り戻す強靭な受けでした。ここに桂を打っておけば、先述した△5七桂成をシャットアウトしています。同時に、玉頭を補強していることも見逃せないですね。
筆者がAIと対戦したり、棋譜を並べていて痛感することの一つに、将棋ソフトはとにかく容易には崩れないことが挙げられます。特に、この▲7八桂のような「側面を固めつつ、玉頭もケアする」といった一挙両得の受けを拾い上げる技術が卓越しているように感じます。ゆえに、こういう指し回しは参考になりますね。
この手を境に、先手玉は鉄のように固くなりました。手出しが出来なくなった後手は、△2一飛でと金を払います。これは歩切れを解消する意味でも、相手の戦力を削る意味でも、こう指したいところですね。
しかし、この応酬により、先手は攻めに専念できる態勢になりました。手始めに▲3四香と打っていきます。
ここからの二番絞りの攻めの繋げ方は、まさに圧巻。人間的には、△3三歩と打たれると[銀⇆桂香]の二枚替えになるので「一体どうするんだよ?」という感がありますが、手を追うごとに、どんどん攻めが手厚くなっていく様子が見て取れます。特に、93手目の▲2五角には思わず唸りました。これを見据えて▲3四香を打っているんですね。人間は、こういう手が見えないんだよなぁ……。
dlshogi は懸命に耐え忍びますが、いつの間にやら先手は駒得になり、人間の目にも明らかに二番絞りが優位に立った局面に。評価値も先手側に+400程度、触れていますね。
このとき、この先にとんでもないドラマが待っていようとは、誰も予想だにしなかったでしょうね。
バランス型の神髄
さて、評価値が示すように、先手良しは明白。ただ、プレイヤーの観点から述べると、将棋はこういう「良いはずだけど、具体的な決め手が見えない」という場面が、非常にもどかしいんですよね。
ゆっくり攻めるのであれば、▲3三歩成と指し、(1)△同馬なら▲4四金、(2)△同銀なら▲3四金という攻め筋はあったようです。これは馬をターゲットにする趣意ですね。
ただ、ダイレクトに敵玉へ迫っている訳では無いので、少しばかり手緩い感はあります。
そういった側面を嫌って、二番絞りは▲7二竜△同金▲3二銀成△同玉▲4四桂と苛烈な踏み込みを見せました。
これは最短距離で寄せ切ってしまう意図で、先述した馬を狙うプランとは全く思想が異なります。
ただ、ここから20手ほど進んだ局面を見ると、寄せが炸裂したとは言い難い局面になっています。
上図は、後手が△6二金打と打ったところですが、この手が指せるのは7二に金がいるからですね。そして、こういう受けを展開できることが、バランス型の一番の強みでもあります。
バランス型の配置は金銀を分散させるので、自玉が独りぼっちになりにくい性質があります。たとえ囲いが落城したとしても、逃げて行った先に守り駒が控えているので、粘りが利く余地があるという訳ですね。
本局の後手は、常に堅さの差に苦しめられていましたが、ここに来てバランス型の長所が光ってきました。こうなると混戦模様です。
とはいえ、やはり終盤において「堅さ」は大きなアドバンテージ。二番絞りは堅陣を頼りに、後手玉を左辺へ追い詰めていきます。dlshogi の二枚腰もここまでか、と誰もが思ったとき、ドラマは起こりました。
△4九角……!
図は、先手が7八に打ったあの桂を動かしたところ。▲7四桂の含みを見せつつ、△7九銀に▲7八金の受けを作った攻防手です。
こんな味の良い手があれば勝負あったようにも見えますが、ここで dlshogi は摩訶不思議な放ちます。それが、△4九角でした。
はぁ? ……よんきゅうかく…???
正直、筆者にはしばらくは意図が全く読めませんでした。公式動画でも、解説陣の方々が困惑なさっている様子が見て取れますね。
ただ、これは実戦の進行を見ると、真意が明らかになります。本譜はここから▲6三と△9一玉▲7八金△6六金と進みました。
最終手の△6六金が、4九の角と連動した攻め筋ですね。
先手は▲7二とで攻めたいところですが、それを指すと△7六角成で頓死することになります。そう、先程の△4九角は、先手玉のコビンを狙う最速の寄せだったのです!
確かに、拙著である「終盤戦のストラテジー」にも
コビンや玉頭を狙うことの最大のメリットは、守備駒を無視した攻めが実行できることにある。攻めの速度しては、「金を狙う」よりも速いことが多い。
「終盤戦のストラテジー」P55ページより引用
とは書いているので、まさにその通りではあります。しかし、そうは言っても△4九角は奇跡的な一着でしょう。
この手の何が凄まじいかというと、人間的には全然、急所を突いているようには見えないからなんですよね。
誰がどう見たって、ここは△7九銀に目線が行くわけですよ。でも、それは▲7八金で耐えられている。だから有効な攻めが無いと判断するんですよね。まさか、△7九銀以外の攻め筋があるとは想像すらしないんです。その想像を超えてきたところに、感動を覚えるんですよね。
ちなみに、この△4九角は相当に発見しにくい手らしく、多くの将棋ソフトが第一候補には入らないそうです。これは開発者の方々も話題になさっていましたね。
えっと,いま選手権対戦実機で検討モードに入れていますが,二番絞りだと3分考えても49角打てないです。つまり全く見えてない筋と言うことで,完全な読み抜けですね。
— 48@💙💛 (@bleu48) May 5, 2022
深層水匠で検証させると、最終局4九角は全く候補手に上がってこないですね。dlshogiとは根本的な精度が違うのかもしれないですね…。ただ6六銀も悪い手じゃないらしいのが救いでしょうか。#WCSC32 pic.twitter.com/97TjBW2XiJ
— たややん@水匠(将棋AI) (@tayayan_ts) May 5, 2022
最終局の4九角打、S.Lightweight-EFでも検討したところ、約1200万局面まで読んだところで最善手として挙がってきました。
ただし4九角打を見つけるのに3分以上かかっていたり、その後の読み筋が異なっていたりします。(複数回試しましたがいずれも3分以上かかりました)#wcsc32 pic.twitter.com/zXzQRvArFE— らいんめたる@Lightweight (@Rheinmetall9) May 5, 2022
例の局面、koronでも検討させてみると早い段階で4九角打が出るものの、次善手で最善手とはなりませんでした
そこからさらに進めると4九角打が最善手となりましたね#wcsc32 pic.twitter.com/uvUzKcHZPe— koron@コンピューター将棋 (@koronWCSC) May 5, 2022
問題の局面をTMOQに指し継がせたところ、約1分で逆転の4九角打を指しました
山岡さんの話を聞いて、A100x8枚x9台のお陰で指せた、と思ったかもしれませんが、Note PCでも指せます
あれは計算資源ではなく、dlshogi&DLの勝利です
計算資源が無くDLを諦めた方も、ぜひdlshogiを使ってみて!
#wcsc32 pic.twitter.com/KLVDnY0PqX— YTaro(TMOQ) (@YTaro3) May 5, 2022
ソフトによって見解が異なるということは、それだけ局面が難しいことの証左だと思います。そういった局面で、こんな滅多に見れない妙着が出るとは、本当にいい物を見させて頂いたという思いで一杯です。優勝に相応しい一着でしたね。
ちなみに、終局後にここで▲9七玉と寄ればどうだったのか、ということが感想戦で議題に上がっておりました。
ただ、それには△7五銀と打てば、やはり後手の勝ちは揺るがないようですね。
以下の画像の読み筋が示すように、この銀打ちを取ると二番絞りの玉は詰んでしまいますから。
という訳で、やはり△4九角が必殺の決め手だったのかなと考えています。
総評
本局は何と言っても最後の逆転劇がドラマチックではありましたが、筆者としては、徹頭徹尾、お互いの異なる主張をぶつけ合ったところに美しさを感じました。つまり、
二番絞り → 玉の堅さ
dlshogi → バランスの良さ
という主張ですね。
序盤戦でも述べたように、先手は左辺に城を築き、終局に至るまでここから玉が出ていくことはありませんでした。
逆に、後手はバランス型の配置を活かし、玉が縦横無尽に盤上を駆け巡ります。何しろ、この玉は2一へ逃げ込んだあとに1筋から上部へ這い出て3五まで上がり、そのあとは5四へ移動して、最終的には9一の地点で仁王立ちすることになるのですから。
まさに対照的な闘争であり、最後の最後まで「オレの主張の方が強いんだ!」と、言い合ったところが本当に粋だなと感じた次第です。
また、本局は二番絞りが▲7二竜と切っていった場面がターニングポイントの一つですが、筆者はこの手に親近感と言いますか、ある種、人間的な心理を垣間見ました。
前述したように、形勢は良いのに、決め手が見えないという場面は、実戦心理として、かなり嫌なんですよね。
形勢が良い以上、何か辛抱するのは変な理屈になる訳ですよ。また、緩い攻めを行うとリードを失ってしまう懸念もあります。なので、行けるかどうかは読み切れなくとも、「えいやっ!」っとアクセルを踏んでしまうのは非常に分かるんですよね。それで決まっていれば明るい勝ち方ですし、そもそもリードしているので条件としても悪い賭けじゃない。だから形勢が良いときに踏み込むのはオッズが良いんです。
それを踏まえると、(▲7二竜という手は人間的では無いですが)ここでスパートを掛けて勝負を決めに行ったのは、人間の心理状態と似ているところがあり、そういうところは意外と将棋ソフトも変わらないのかな、とも思ったりしたのでした。
そして、ここで二番絞りが踏み込んでいったからこそ、劇的なドラマが生まれたとも言えます。優勝決定戦という大舞台で、素晴らしい棋譜を残してくれた両対局者に拍手喝采ですね。後世に残る名局でした。
それでは、また。ご愛読ありがとうございました!
将棋にあまり明るくない私にも十分凄さが伝わる素晴らしい記事です。いいものを読ませて頂きました
不利と言われる後手番で引き分け以上で優勝
しかも翌日同ソフトを使ったサービスのプレスリリースを控えている・・・
優勝ソフトという称号がとても欲しい状況であることは想像に難くない
引き分け狙いに行く方がはるかに優勝を取るには容易で
ルール上問題もなく過去に同大会で引き分け狙いでやねうら王が優勝した前例もある
引き分け狙いにしたところで批判もないだろう
この状況であくまで今まで通りの勝ちを狙いに行く設定のまま行くという決断を
どれほどの人が出来るだろうか
その結果美しいと言われる棋譜を残し、近年のコンピューター将棋では非常に稀な逆転劇を生み出したと思うと
コンピューター将棋でありながらものすごい人間ドラマを見た気分です
ご称讃くださり、ありがとうございます。
確かに、本局の劇的な展開は(いい意味で)コンピュータ将棋らしくなく、まさに痺れる一局でした。AIに感情は無いはずですが、とても熱い戦いでしたね。また、こういったドラマを見たいものです。
初めまして
1つ質問があるのですが、ディープラーニング系の将棋ソフトは
1~2年前では水匠などの従来のソフトよりも序盤は強いが、
終盤は謎の頓死をしたり、詰みを見逃したりすると聞いたことがあるのですが、
今回の4九角については、水匠もなかなか発見できなかった手のようで、
今はディープラーニング系の終盤も強くなったということでしょうか?
この分野日進月歩過ぎて少し見てないともう事情が変わってしまって訳が分からないですね。
はじめまして。ブログをご覧いただき、ありがとうございます。
さて、ご質問の件ですが、確かに仰るようにディープラーニング系は終盤(特に詰みに関する部分)に脆さを抱える性質があります。
ただ、だからと言って終盤が弱いという訳でもなく、水匠などの従来のソフトより劣るとも言い切れません。それぞれの場面において、ディープラーニング系が勝るときもあれば、従来のソフトが勝る部分もあるという印象です。
加えて、この対局では極めてマシンスペックが高い状態で指されているので、そうしたことも相まって、凄まじい終盤力を発揮したものだと考えられます。
なお、余談ですが、筆者は水匠と dlshogi を併用しております。マシンスペックは、CPUが Ryzen9 5950X。GPUが GeForce RTX 3090 になります。
この環境だと、終盤に関しては水匠の方が少し強いかな、という印象を持っていますね。