最新戦法の事情【居飛車編 春季号】を公開しました。詳細は、ここをタップ!

~勇敢な踏み込み~ 第68回NHK杯解説記 羽生善治竜王VS高野智史四段

今週は、羽生善治竜王と高野智史四段の対戦でした。

 

羽生竜王は居飛車党で、攻め将棋。選択肢が多い場面では、アグレッシブな指し手を好む傾向が強いです。また、終盤の安定感は棋士の中でも群を抜いている印象があります。

 

高野四段は居飛車党で、棋風は受け。じっくりした将棋を好み、相手から先攻されることを苦にしないタイプですね。

一回戦では、永瀬拓矢七段の相掛かりを受けて立ち、制勝しました。~外堀の作り方~ 第68回NHK杯解説記 永瀬拓矢七段VS高野智史四段

 

本局の棋譜は、こちらのサイトからご覧いただけます。
参考 本局の棋譜NHK杯将棋トーナメント

第68回NHK杯2回戦第4局
2018年8月26日放映

 

先手 羽生 善治 竜王
後手 高野 智史 四段

 

初手から▲7六歩△8四歩▲2六歩△8五歩▲7七角△3四歩▲6八銀(青字は本譜の指し手)と進み、第1図のようになりました。

 

戦型は角換わり腰掛け銀。先手が▲5八金型を選んでいるのが意外ですが、こちらの記事で述べた通り、▲4八金型の腰掛け銀は先手が打開に苦労しているので、この将棋を選ばれたのだと思われます。

 

後手にとって、この局面は方針の岐路で、待機するなら△6三銀や△5二玉が考えられます。ただ、些か消極的な姿勢であることは否めないので、高野四段は△6五歩▲同歩△同銀と動いていきました。(第2図)

 

ここで自然な指し手は▲6五同銀なのですが、それには△同桂▲6六銀△8六歩▲同歩△8八歩▲同玉△7五銀という攻めがあり、先手が芳しくありません。(A図)

 

(1)▲同歩は△8六飛▲8七歩△6六飛で後手の飛車に捌かれていますし、(2)▲同銀は△5五角が痛打です。したがって、(3)▲6七銀で辛抱するくらいですが、△6六銀▲同銀△7五銀…で千日手模様ですね。これでは先手不満です。

 

本譜に戻ります。(第2図)

前述したように▲6五同銀とは指せないので、羽生竜王は▲6四歩と捻った対応を見せます。後手は当然△5六銀ですが、▲6三歩成と斬り合いを挑んでのっぴきならない局面となりました。(第3図)

 

後手は金取りをどう対処するかですが、一番やってはいけない手は△6一金と逃げる手です。そこから先手に▲6四角と打たれると、大いに形勢を損ねてしまいます。(B図)

 

後手は△4六角と打つ手が最大の狙いだったのですが、B図では先手の▲6四角によって、それを阻止されたのが痛いですね。

加えて、[△6一金・△8一飛]という配置も感心しません。なぜなら、飛車の横利きが止まり、かつ中央が薄くなっているので防御力がガタ落ちだからです。△6二金・△8一飛型で6二の金を引く手は、悪手になりやすいので指してはいけません。

 

ゆえに、高野四段は第3図から△6一飛と受けに回ります。以下、▲6二と△同飛▲4六角と進みました。繰り返しになりますが、後手は4六に角を打つ攻め筋が狙いです。なので、羽生竜王はそれを封じるために取れる銀を放置して▲4六角と先着しているんですね。(第4図)

 

後手は5六の銀と7三の桂が当たりになっているので、△6四歩や△6五銀のような「ただ受けるだけ」の手では駒損になってしまいます。

そこで、高野四段は「両取り逃げるべからず」という格言に則って、△6九銀と斬り込んでいきます。先手もこれは無視できないので▲6八金右と相手をしますが、△7八銀成▲同金△6五桂と目標になっていた桂を逃げながら攻めに活用していきました。(第5図)

 

先手は▲5六歩で銀を取りたいところですが、△7七桂成▲同桂△6七銀で食い付かれてしまいます。これは桂得でも歩切れが痛く、先手は支えきれません。

現局面は、6二の飛が盤上の中で最強の駒なので、先手はこれに働き掛ける手が最も効果的です。したがって、羽生竜王は▲7三角成で飛車を責めました。△6一飛には▲6二銀で飛車を押さえこめば、今度こそ▲5六歩と銀を取る手が実現できます。

▲7三角成に対して後手は飛車を逃げることができないので、高野四段は△7二金と打って、馬との刺し違えを要求します。以下、▲6二馬△同金▲5六歩で先手はようやく銀を取りきることに成功しましたが、△4六角が期待の反撃。後手も兼ねてからの狙い筋を実現させ、均衡の取れた攻防が続いています。(第6図)

 

何はともあれ、先手は▲8八玉と逃げる一手。そこで高野四段は△3七角成と桂を取りましたが、先に△7七桂成を利かす方が勝りました。▲7七同金では7九に傷が残るので▲7七同桂が妥当ですが、それから△3七角成と桂を取れば、▲6八飛△6四桂で手番を握りながら金取りを受けることができますね。(C図)

 

次に△7六桂があるので▲6五銀くらいですが、△4六馬から攻め続けることができます。

 

▲8八玉の局面に戻ります。(途中図)

本譜は先に△3七角成だったので、▲6八飛△7七桂成のときに▲同金と変化されてしまいました。今度は△6四桂と打っても、C図と違い7六に桂が跳ねられないので効果がありません。

仕方がないので高野四段は△6一歩と受けましたが、貴重な手番が先手に渡りました。羽生竜王は▲7一銀と俗手で迫ります。これが好手で、形勢は先手に傾きました。(第7図)

 

金を逃げれば▲6一飛成が待っていますし、△5一銀などの受けではあからさまに損(金銀交換を甘受すると底歩の防御力が下がる)なので、高野四段は△3一玉と早逃げしますが、▲6二銀不成で悠々と金を取り、先手好調です。

 

後手は手番が回ってきたことを活かして△4六馬と反撃しますが、▲7八金打が頑丈な受け。以下、△6八馬▲同金△4六角の追撃にも▲7八金打と引き続き金を埋めます。駒得しているときは、惜しみなく自陣に駒を投資しましょう。なぜなら、物量で相手を上回っているので、手駒不足を心配する必要が無いからです。(第8図)

 

後手も本音としては△6二歩と銀を取って駒損を回復したいのですが、それには▲6一飛△2二玉▲4一銀△3一金▲2五桂で寄せ合い負けが濃厚です。(D図)

 

6一に飛車を設置するのが急所で、これにより▲6二飛成という攻防手を発生させることができます。それが実現してしまうと、後手は勝ち目がありません。なので、後手は6二の銀を取ることができないのです。

 

本譜に戻ります。(第8図)

高野四段は△5九飛と打って攻め合いに活路を求めますが、羽生竜王は構わず▲5一飛△2二玉▲4一銀で最短の勝ちを目指していきます。代えて▲7九銀で受ける手もあっただけに、アクセルを踏んだ印象です。

▲4一銀に対して、黙って金を取られると後手は粘りが利かないので△3一金は当然ですが、▲5二飛成と合駒請求したのが巧みな攻めでした。(第9図)

 

後手は堅く受けるのならば△4二銀打ですが、銀を手放すと△6八角成▲同金△7九銀という攻め筋が消えるので、▲5一銀不成でゆっくりした攻めを間に合わされてしまいます。

また、△4二金で弾くのは▲3一角△同玉▲4二竜以下、詰みが生じます。ゆえに、△4二桂はやむを得ませんが、▲2五桂△6八角成▲3三桂成△同桂▲3二銀打自陣を顧みずに踏み込んでいったのが勇敢な手で、本局の勝因となりました。(第10図)

 

ここで自然な対応は△3二同金ですが、▲同銀成△同玉▲4一角△2一玉▲2二金△同玉▲4二竜△1三玉と追いかけてから▲7九桂でゼットを作るのが好着想で、先手の勝ち筋に入ります。(E図)

 

後手は角を渡すと、▲2二角からの詰めろが掛かってしまう上に、▲6八角の王手飛車も残るので馬を切ることができません。しかし、E図で△2四馬と逃げても▲3二角成△1二金▲3三竜で、後手玉は一手一手の寄りです。

 

先手は7九に駒を埋める手が奥の手なので、高野四段は第10図から△7九銀と打って、それを阻止しましたが、▲9八玉が正しい対処です。(第11図)

 

ここで△4一金▲同竜で銀を一枚補充されてから△8八金と肉薄されると先手玉は風前の灯なのですが、▲9七玉△8七金▲同金上△8八銀打▲9八玉と逃げれば首の皮一枚で凌いでいます。(F図)

 

では、第11図から△3二同金▲同銀成△同玉と銀を二枚補充するのはどうでしょうか。今度は銀が増えているので、先手玉は詰めろです。しかし、この場合は▲4一角△2一玉に▲7九金と質駒を取る手が詰めろ逃れの詰めろで、やはり先手が勝ちます。(G図)

 

後手玉は▲3二銀以下の詰めろ。先手玉は△9七銀と王手されても▲同桂で不詰めです。

 

変化の記載が煩雑になってしまい恐縮ですが、E図・F図・G図の全てを勝ちと読み切っていないと、第10図の▲3二銀打は指せない訳で、改めて羽生竜王の高い終盤力を垣間見た思いです。

 

本譜に戻ります。(第11図)

銀を取る変化では後手が勝てないので、高野四段は△2一金打と粘りましたが、▲同銀成△同玉▲6八金と手を戻したのが沈着冷静な決め手でした。後手は金を使ってしまったので、先手玉に詰めろを掛けることができません。(第12図)

 

△6八同銀不成はこのくらいですが、先手玉は一手の余裕を得ることができました。羽生竜王は▲3二金から収束に向かいます。

▲3二金に△1二玉なら詰みはありませんが、▲3一金で後手玉は受け無しです。高野四段は△3二同金で首を差し出しました。以下、▲同銀成△同玉▲4一角で終局となりました。(第13図)

 

(1)△2一玉は▲3二角打以下、詰み。(2)△2二玉は▲4二竜以下、それぞれ容易な詰みですね。

 

 

本局の総括

 

中盤は6筋を中心に激しい攻防が展開されたが、互いに狙い筋を実現させたので互角の進行だ。
後手は第6図からの手順前後が痛かった。ここで手番を握れなかったので▲7一銀の痛打を喫し、先手に形勢が傾く。
優位を掴んでも先手の指し手は緩みがない。△6八角成を恐れずに踏み込んだのが勇敢で、▲3二銀打という勝着を引き出した。羽生竜王の快勝譜と言えるだろう。

それでは、また。ご愛読ありがとうございました!

 



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA