どうも、あらきっぺです。この頃は自炊をする機会が増えました。あまりレパートリーが多くないのが悩みのタネですが……笑
タイトルに記載されている通り、振り飛車の将棋を見ていきましょう。なお、前回の内容はこちらからどうぞ。最新戦法の事情(2020年3月号・振り飛車編)
・調査対象は先月のプロの公式戦(男性棋戦のみ)。棋譜は携帯中継や名人戦棋譜速報など、公に公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・文中に登場する棋士の肩書は、全て対局当時のものです。
・戦法や局面に対する評価や判断は、あらきっぺの独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、あまり妄信し過ぎないことを推奨致します。
最新戦法の事情 振り飛車編
(2020.3/1~3/31)
調査対象局は64局。2月よりも12局増加しました。それでは、戦型ごとに掘り下げて行きましょう。
先手中飛車
あえて位を捨てる。
8局出現。2月は1局のみ出現という衝撃の数字でしたが、3月ではそれなりの数字に戻りました。
居飛車は超速系統の作戦が主流で、それにどう対抗するのかが先手中飛車のテーマです。基本的には▲6六銀型に構える将棋が多いのですが、これは以下の局面になったときに、どうするのかという問題があります。(参考図)
この局面は2019年10月頃には活発に指されていたのですが、そこを境に対局数が徐々に少なくなり、今年に入ってからはめっきりと見かけなくなりました。
理由としては、この将棋は
(1)5五の歩が負担になりやすい。
(2)居飛車は桂が容易に活用できる
これらの要因が振り飛車にとって面白くないので、先手は避けるようになったと考えられます。
そこで、現環境は参考図ではない駒組みを模索する動きが顕著です。(第1図)
2020.3.26 第46期棋王戦予選 ▲黒沢怜生五段VS△佐々木勇気七段戦から抜粋。
例えば、このように早い段階で5筋の歩を交換する手法は一案と言えます。どうせ5五の歩が負担になってしまうのであれば、さっさと交換した方が戦いやすいという判断ですね。
この事例のように、現環境の先手中飛車は参考図の将棋をどのようにして避けるのかがテーマです。中飛車を使うプレイヤーは、その方針に則った作戦をいくつか用意しておきたいところですね。
四間飛車
ミレニアムが鍵を握る。
22局出現。出現率は34%を超え、人気はうなぎ登りです。2月に続いて環境のトップに立ちました。
四間飛車が多く指されている理由は、主に二つあると考えています。一つは、持久戦になったときに駒組みの幅が広がったこと。もう一つは、他の主要戦法に自信を持てていないこと。これらの要因が絡み合って爆発的な流行に繋がったと見ています。
後者の理由は、別項について述べます。ということで、ここでは前者の理由を深掘りしていきましょう。
まず大前提として、現環境の四間飛車は早い段階で△6四歩を突かないことが駒組みの必須条件です。これは、居飛車から▲5五角と揺さぶられる手を警戒する必要があるからですね。(参考図)
このように、8八にいた角をいきなり5五へ上がるのが居飛車の有力策です。これは相手の応手によって急戦と持久戦を切り替える含みがあり、とても優秀な作戦ですね。参考図の局面になってしまうと、すでに振り飛車が失敗気味と言えます。その詳細な解説は、こちらの記事をご覧ください。
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2019年12月号 振り飛車編)
そして、これと同時に端歩突き穴熊に対してどう戦うかということも考慮しなければいけません。四間飛車は端歩突き穴熊に対して特に工夫なく組んでいると、十中八九、作戦負けになってしまいます。(第2図)
2020.3.23 第61期王位戦挑戦者決定リーグ紅組 ▲豊島将之竜王・名人VS△鈴木大介九段戦から抜粋。
例えば、これはその顕著な例と言えます。四間飛車は[△4四銀型+銀冠]というオーソドックスな布陣で対抗していますが、[端歩突き穴熊+松尾流]という欲張った囲いを作られつつあるので、どうも思わしくありません。
このように、四間飛車は既存の駒組みを淡々と行っていると、苦戦を強いられてしまいがちなところがあります。したがって、最近では今までと違う駒組みを模索する動きが活発になっているのです。(第3図)
2020.3.14 第78期順位戦C級1組10回戦 ▲先崎学九段VS△村田顕弘六段戦から抜粋。
この頃のトレンドは、第3図のように
(1)囲いの構築過程を△7二玉型にする。
(2)8八の角を動かすまでは△6四歩を保留。
この二点に沿った駒組みを行うケースが増加傾向にあります。(2)については、先述した▲5五角の揺さぶりを警戒する意味が強いですね。
さて。後手の構えは、従来なら振り飛車穴熊を志向する布陣という認識でした。しかし、現環境では他の含みが生まれており、それゆえ△7二玉型にスポットが当たっているのです。
ここから先手は▲6六歩と突いて穴熊を目指すのが自然ですね。それに対して振り飛車は、△6四歩→△7四歩→△7三桂という手順からミレニアムに囲って対抗するのが注目を集めています。(参考図)
この形に組めば振り飛車が作戦勝ち! とは言い切れませんが、従来の駒組みである高美濃囲いを作る指し方と比較すると、こちらのミレニアムのほうが何かとお得なところがあります。ゆえに、この局面になれば四間飛車は条件が良い印象はありますね。
なお、具体的にどのような部分がお得なのかは、こちらの記事からご確認くださいませ。
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2020年2月号 振り飛車編)
さて。実戦は▲8六歩△6四歩▲7八銀と指しました。これは角道を止めずに戦いたいという意思表示ですね。▲6七歩型のまま銀冠穴熊が作れれば理想的です。
後手はどのような囲いを選ぶのか好みが分かれるところですが、実を言うと左美濃に対してもミレニアムに囲う手法が有力なのです。(第4図)
先手は▲6六歩を突かないまま駒組みを行うことが趣旨なので▲5五歩△6三銀▲5六銀と応じましたが、△8一玉▲3六歩△7二金でミレニアムを作ります。(第5図)
なお、代えて△8二銀→△7一金という組み方もありますが、この場合は居飛車が▲3六歩を突いているので、囲いを簡略に済ますほうが賢明ですね。
このように、局面の状況によって囲いの形を柔軟に変化できることが四間ミレニアムの特色と言えるでしょう。
ここから先手は▲3五歩△同歩▲3八飛と動く手もあるのですが、それにはこちらの記事で解説した手順で戦えるので、差し支えありません。△7二金と引き締まっているので、早い戦いになっても大丈夫なのです。
現環境の四間飛車は、振り飛車がミレニアムに組む指し方が強い影響を及ぼしており、これを念頭に置いて駒組みを進めることが大事です。少し前まで居飛車は「端歩突き穴熊」に組んでおけば作戦勝ちが期待できましたが、この頃はそうでもありません。最大の課題を対処できたので、現環境の四間飛車は株が上がっていると言えるでしょう。
三間飛車
強敵が多く、大変。
7局出現。出現率は25%→11.1%と暴落し、明らかに陰りが見え始めています。もはや主力戦法とは言い難い状況ですね。
三間飛車は石田流へ組み替える手法が高い支持を得ていたので人気を博していたのですが、現環境では厄介な相手が二つあります。一つは、▲6六銀型の穴熊ですね。(参考図)
▲6六銀型は3筋の守りが頼りなさそうに見えますし、7七の角も使いにくそうです。ところが、居飛車にはこの配置を上手く活かす構想があり、石田流に組まれても互角以上に戦うことが出来ます。その秘密はこちらからご覧ください。
そして、三間飛車にはもう一つ強敵が出てきたのです。それは、▲4七銀型の左美濃です。(第6図)
2020.3.3放映 第28期銀河戦本戦トーナメントCブロック6回戦 ▲藤井聡太七段VS△出口若武四段戦から抜粋。(棋譜はこちら)
▲4七銀型は3筋の防御がしっかりしているので、振り飛車に歩を交換されないことが利点の一つですね。反面、[▲6八角+▲4六銀]という攻めの形は作れないので、3四の飛を攻めにくいことがデメリットになります。要するに、受け身の意味合いが強い布陣というわけです。
そういう背景があるので、振り飛車としては▲4七銀型ならば与し易しという印象を持っていたのではないでしょうか。石田流が安定しやすいので、▲4六銀型と比べてみると圧迫感がありません。
ところが、ここから先手は思いもしない方法で後手にプレッシャーを与えていくのです。実戦は、▲5七金△3三桂▲7五歩と進みました。(第7図)
金を5七へ配置したのが大胆な着想です。居飛車はこの金を6六→7五と進軍することで、攻撃力不足を補おうとしているのですね。アグレッシブな手を重視する現代将棋らしい構想です。
この指し方は今までに見られない構想で、三間飛車にとっては新たな敵が出現したと言えるでしょう。石田流に組むと必然的に囲いに費やす手が遅れてしまうので、居飛車はその性質を上手く突いていることが分かります。
現環境は、穴熊と左美濃が両方とも厄介なので、三間飛車は旗色が悪い印象ですね。採用率が激減していることが、それを証明しているように感じます。
角交換振り飛車
対局数は少ないが……。
7局出現。2月からはガクンと対局数が下がっており、少数派の作戦となっています。
ただ、この7局と言う数字を正面から受け止めるのは浅はかです。実を言うと駆け引きの結果、角交換振り飛車にならなかった将棋も多く、角道を止めない振り飛車が下火になっているという訳ではありません。これについては、別項で述べます。
その他の振り飛車
路頭に迷っている?
12局出現。出現率を2月と比較すると、13%→17.5%で上昇しています。
12局のうち、先後の比率はイーブンでしたが、角道を止めるか否かという選択においては、はっきりとした差が出ています。なんとオープン型の将棋が9局であり、これは無視できない数字と言えるでしょう。
角道を止めないということは、すなわち角交換振り飛車になることを想定しているということです。具体的に、振り飛車はどのような作戦を有力視しているのでしょうか。(第8図)
2020.3.14 第78期順位戦C級1組10回戦 ▲片上大輔七段VS△佐藤秀司七段戦から抜粋。
この将棋は、先手が角道を開けたまま駒組みを進めていますね。もちろん、どこかで▲6六歩と止めても一局ですが、そうすると後手に穴熊や左美濃に組まれやすくなる嫌いがあります。
角道を開けた向飛車は昔から指されているので、これそのものに目新しさはないのですが、以下の局面は注目すべきポイントだと感じました。(第9図)
先手が▲4七金と指したところ。
ご覧の通り、後手はもう左美濃や穴熊に組めない格好なので、先手は堅さ負けする恐れがありません。なので、▲6六歩と止める手も大いに考えられたところでした。にもかかわらず、角道を通し続けるという選択を採ったところに従来とは違う風潮を感じます。
つまり、角交換振り飛車に組むのは前向きに考えているが、自分からは角を交換したくないという意思が垣間見えるのです。
こういった趣旨に基づく作戦は、他の戦型でも見受けられます。(第10図)
2020.3.24 第33期竜王戦3組ランキング戦 ▲杉本昌隆八段VS△菅井竜也八段戦から抜粋。
後手は三間飛車に構えていますが、このタイミングで△3二飛と指していることから、普通の三間飛車を志向していないことは明らかですね。
後手の狙いは、[△4二銀・△2二飛型]という配置を作った状態で角交換振り飛車に組むことです。その形に組めれば、後手は銀を中央に使いやすいですし、△3三桂型や△3三銀型など、様々なパターンの駒組みを選ぶことが出来るので、通常の角交換振り飛車よりも含みが広いことがメリットになります。
問題はここから▲2二角成△同飛▲6五角で咎めに来られたときですね。後手はこれで悪ければお話にならないところですが、きちんと対応すれば互角の状態をキープすることが可能です。具体的な手順が気になる方は、こちらの記事をご覧くださいませ。
これらの事例から見られるように、現環境の振り飛車は、自分からは角を交換しないことで、普通よりも得した状態で角交換振り飛車に誘導する動きが出来つつあります。
ただ、こういった指し方に頼らざるを得ない辺りに、現環境における振り飛車の苦労が見え隠れしているようにも感じるのです。
そもそも、振り飛車のメリットの一つは、自分の意思で戦法を選ぶことが出来ることです。先手中飛車や石田流、角道を止める振り飛車、ダイレクト向飛車など、全てそうですね。そして、それらの戦法で自信があるのなら、シンプルにそれを採用しておけば良いわけです。
しかしながら、今回に紹介した指し方は、複数の作戦を同時並行するようなところがあり、「自力で戦法を選んでいる」わけではありません。つまり、自ら振り飛車のメリットを放棄しているので、必ずしも嬉しくて採用しているとは言い切れない節を感じるのです。
何か有力な作戦が出現すれば、(この頃の四間飛車のように、そしてかつてのゴキゲン中飛車のように)必然的にそれが集中的に指されるのは至極当然です。「その他の振り飛車」が増加するということは、有力な作戦が見当たらず、路頭に迷っているような状態とも受け取れるのではないでしょうか。
相振り飛車
囲いの多様化。
8局出現。全般的には三間飛車が多数派であり、この傾向はずっと変わりませんね。
さて。今回は少し視点を変えて、「囲い」にスポットを当てて話を進めたいと思います。
基本的に相振り飛車の囲いは、「美濃」「金無双」「穴熊」「矢倉」のどれかを選ぶのがスタンダードな考え方です。ところが、現環境ではそれ以外の囲いを選ぶケースも散見され、今まで以上に多様性が増している傾向があります。具体的に見ていきましょう。(第11図)
2020.3.19放映 第28期銀河戦本戦トーナメントHブロック6回戦 ▲山本博志四段VS△宮本広志五段戦から抜粋。(棋譜はこちら)
先手は矢倉の骨格ができていますが、△4四銀→△3五銀→△3六歩という攻め筋を見せられていますね。どうも金矢倉には組めそうにない状況と言えます。
要するに、囲いを盛り上げていると、その間に後手に先攻されてしまうのです。けれども、このままでは囲いが中途半端という感もありますね。
そこで、山本四段はこのような組み方を選びました。(第12図)
中原囲いに囲ったのが面白い着想です。なかなか相振り飛車ではお目にかかれない指し方ですが、中段飛車との相性が良いことが先手の自慢です。こうすることで、△3五銀の進出を阻んでいることが大きいですね。また、玉を2・3筋方面に近づかないことで、端攻めに備えている意味も兼ねています。
中原囲いに組むと6八の銀が攻めに使いにくくはなるのですが、先手は[飛・角・桂・香]の4枚で攻める組み立てなので、あまり気になりません。このあとは端攻めを狙ったり、▲3二歩△同飛▲2三角の筋を含みにして戦うのが一案でしょう。
これは軽快に攻める棋風のプレイヤーには、魅力的な作戦に映るのではないでしょうか。横歩取りの感覚とミックスさせたことに目新しさがありますね。
現環境の相振り飛車は、以前よりも囲いのバリエーションが増えたので、駒組みの幅がかなり広がった印象を受けます。そして、囲いの形が変わるということは、必然的に攻めの形も変化していくことになります。これからの相振り飛車がどのような方向性に向かうのか、興味は尽きないですね。
この記事の内容をもっと深く知りたい! という方は、こちらをご覧ください。
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2020年4月号 振り飛車編)
最新の戦術には興味があるけど、どう指して良いのか分からない。どうしてプロがこういった指し方をするのかを知りたい。そういったお気持ちがある方には、うってつけのコンテンツとなっております。
有料(300円)ではありますが、その分、内容は深堀しております。よろしければご覧ください!
今回のまとめと展望
【現環境は四間飛車が唯一の希望?】
多くの振り飛車が下火の傾向にあるなか、四間飛車の採用数だけがうなぎ登りとなっています。四間ミレニアムという斬新な手法が編み出されたことが、その要因だと考えられます。穴熊も左美濃にも対応できることは大きなメリットですね。
【角交換振り飛車は難易度が高い】
角交換振り飛車は採用数が少なくなっていますが、相手から角を取ってきてもらうパターンの作戦については、一定の支持を得ているようにも感じます。ただ、振り飛車は他の作戦と併用する必要があるので、必然的に求められるハードルが高くなります。この4手目△3二飛など、まさにその典型ですね。
【居飛車の取るべき戦略】
四間飛車が大流行しているので、それに対する策は必須と言えるでしょう。ただ端歩突き穴熊を作っていれば作戦勝ちになる時代は終わったので、少しばかり工夫が必要です。
また、「その他の振り飛車」が増加しつつあることから、現状ではあまり陽の目を見ていない作戦にこそ、警戒する必要があるのかもしれません。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!