どうも、あらきっぺです。最近、キャッシュレス決済に慣れてしまい、現金の支払いに戸惑いを覚えるようになってしまいました。慣れとは恐ろしいものですね。
タイトルに記載している通り、プロ棋界の将棋から最新戦法の事情を分析したいと思います。なお、前回の内容は、こちらからどうぞ。
最新戦法の事情(2019年12月号・居飛車編)
・プロの公式戦の棋譜から戦法の評価を分析しています。調査対象は先月のプロの公式戦(男性棋戦のみ)。棋譜は携帯中継や名人戦棋譜速報など、公に公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・文中に登場する棋士の肩書は、全て対局当時のものです。
・戦法や局面に対する評価や判断は、あらきっぺの独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、あくまで、一個人の見解なので、妄信し過ぎないことを推奨いたします。
最新戦法の事情 居飛車編
(2019.12/1~12/31)
調査対象局は98局。それでは、戦型ごとに見て行きましょう。
角換わり
後手はとにかく勝ちにくい。
27局出現。対局数に大きな変化は表れていませんが、指されている作戦の内容に小さくない変化が起きつつあります。
まず、今まで後手は基本形の将棋を目指すことがポピュラーでした。さらに踏み込んだ話をすると、そこから△5二玉→△4二玉と玉を往復して戦機を伺う指し方が人気を博しており、それで特に不自由なく戦えていた情勢が長く続いていました。
しかし、12月では、なんと僅か3局しか指されなかったのです。代わって、後手は基本形から△6三銀と引いたり、一手パス待機策にするなどして、違う作戦に鞍替えする動きが顕著になりつつあります。
今回は、なぜ今まで有力だった手法の人気が下落したのかを掘り下げたいと思います。結論から述べると、現環境では攻撃志向型がとても強力だからです。
この仕掛けに対しては、△2二銀と引くのが最強の応手です。以下、▲7五歩△同歩▲5三桂成△同玉▲7四歩△4四歩▲7三歩成△同金までは定跡化された進行ですね。(第1図)
ここから先手は▲4五歩△5五歩▲4六桂とさらに踏み込んで行きます。これには、△5六歩▲5四桂△同玉と応対するのが定跡となっています。(途中図)
さて。前回の記事では、ここから▲4四歩と取り込む手を解説しました。ただ、それには後手にも強靭な受けがあり、先手も容易ではありません。詳しくは、こちらをご覧ください。
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2019年12月号 居飛車編)
そこで、先手は新たな攻め筋を打ち出します。ここから▲5五銀が新機軸でした。(第2図)
2019.12.2 第78期順位戦A級6回戦 ▲糸谷哲郎八段VS△羽生善治九段戦から抜粋。
いきなりタダの場所に銀を放り投げるので、度肝を抜かれますね。ただ、△同玉には▲6二角が痛打なので、この銀を取られる心配はありません。
そうなると、△5三玉と引くことになりますね。対して、先手は▲6五歩△同歩▲5四角△8二飛▲4四歩で中央に厚みを作りながら後手陣に迫っていきます。(第3図)
先手のメインとなる狙いは、▲3二角成△同飛▲4三金ですね。後手はそれを受けないといけないので、△4三歩や△5一桂が候補手でしょうか。
この▲5五銀と打つ指し方は、中央の制空権を握れるので自陣がかなり安全になることが自慢です。早々に持ち駒を手放すので、攻撃力は落ちる嫌いはありますが、細い攻めを繋げるスキルに自信を持っているプレイヤーには、面白い作戦と言えるでしょう。
このように、現環境では攻撃志向型の将棋がすこぶる有力なので、基本形から玉を往復するタイプの将棋は先手に追い風が吹いています。後手としては、この形を避けて戦うほうが無難と言えるでしょう。
矢倉
相手と歩調を合わせる。
24局出現。対局数の多さもさることながら、急戦が12局。相矢倉に組み合う将棋が12局と、はっきり二極化したことに注目しています。二、三年前までは急戦が猛威を振るっていたので、かなり環境が変わりましたね。
後手が急戦をする場合、大きく分けると
(1)△7三銀型のパターン
(2)△7三桂型のパターン
という二種類に分かれます。これに対して、先手は様々な対策があるのですが、今回はその両方に使える指し方を解説したいと思います。(第4図)
2019.12.3 第78期順位戦C級1組7回戦 ▲千葉幸生七段VS△佐々木勇気七段戦から抜粋。
後手が△6四歩と突いたことから、[△6三銀・△7三桂型]の急戦を選ぼうとしていることが読み取れますね。
これに対しては、右銀を優先的に繰り出す指し方が主流ではあるのですが、千葉七段は全く違う作戦を展開します。ここから▲2四歩△同歩▲同飛△6三銀▲7八金△7四歩▲3四飛で、さっと横歩を取ったのが新しい指し方でした。(第5図)
これは本来、△7三銀急戦に対して有力な対抗策です。それを[△6三銀・△7三桂型]にも応用したのが先手のチャレンジという訳ですね。相手の攻撃態勢が整う前にポイントを上げて優位に立つことが、この作戦の趣旨になります。
後手は次に▲2四飛を指されると、2筋に歩を打たされてしまい、相手にだけ歩を持たれるので面白くありません。ゆえに△3三角と上がります。対して、先手も飛車を定位置である2筋に戻したいので、▲3五飛と引くのが自然ですね。
以降は、互いに陣形を整備して決戦の準備を進めます。(第6図)
さて。ここから先手はどのような囲いを作るのかが問題です。矢倉を目指すのであれば▲5八金→▲6六歩という手順になりますが、時間が掛かる上に右辺とのバランスが悪いので現実的とは言えません。角の活用に目処が立たない点も気懸かりです。
そこで本譜は▲3六歩△8六歩▲同歩△5二玉▲3七桂で、まず攻め味を見せ、△6二金▲5八玉で中住まいに構えました。(第7図)
もはや矢倉の面影は感じられませんが、これが臨機応変な着想です。相手が速攻志向なので、それに呼応してこちらも早期決戦ができる布陣を作ったプロセスに注目して頂きたいです。
後手は持久戦になると歩損が響いてくるので、動かざるを得ません。しかし、ここで△7五歩や△6五桂では攻めが軽く、先手陣を攻略できるとは思えません。第7図は、先手が上手く立ち回った印象を受けますね。
この横歩取り作戦は、矢倉城に組むことは叶わないのですが、どちらの急戦に対しても実用できるので、とても再現性が高いことがメリットだと考えています。先手としては、これで良ければ急戦策への対応が楽になりますね。
相掛かり
第三の引き場所。
20局出現。11月から少し増加しました。矢倉や角換わりと比較すると些か少なめですが、活発に指されている戦型であることには変わりません。
後手は[△5二玉・△7二銀型]に組むケースが圧倒的に多く、(11局出現)この布陣をいかにして打ち破るかが、現環境の先手相掛かりのテーマとなっています。
そのうちの一つが腰掛け銀に組む指し方です。この作戦の最先端とも言える将棋を掘り下げてみましょう。(第8図)
2019.12.19 第78期順位戦A級6回戦 ▲木村一基九段VS△佐藤天彦九段戦から抜粋。
ここまでは類例もある将棋で、以前から紹介している前例と似ていますね。
ここから後手は△7三桂と跳ねて、飛車を8四か8一のどちらかに引くケースが多かったのですが、佐藤九段は△8五飛という第三の引き場所を選びます。
以下、▲8七歩△8八角成▲同銀△2二銀と進みました。(第9図)
次に△3三銀が間に合ってしまうと、先手は一歩交換ができなくなってしまいます。よって、▲2四歩△同歩▲同飛と行くのは当然ですが、そこで△3五飛が斬新な一着でした。(第10図)
これは、△3三桂→△2五飛が狙いです。単に△3三桂では▲4五歩で横利きを遮断されるので、それを事前に回避するという理屈ですね。先手は銀を5六まで繰り出しているので、飛車交換は歓迎すべき状況ではありません。
本譜は▲4七銀△3三桂▲3六銀という手順で飛車交換を拒否しましたが、先手は腰掛け銀の好形を崩されてしまい、妥協した感は否めません。後手としては、△3五飛で冒険した甲斐があったと言えますね。
この△8五飛型に構える指し方は激しい展開になりやすく、先手としては要警戒の作戦です。対策は必須と言えるでしょう。
雁木
居玉を気にしない。
12局出現。対局数は横ばいですが、環境には変化が起こっており、目が離せない戦型となっています。
まず前提として、現代の雁木という戦法は、矢倉を打ち破るために出現した作戦です。それゆえ、現代雁木の黎明期には矢倉を手玉に取っていた時代がありました。時期としては、2016年~2017年にあたります。
この事例を見て、どうも[雁木VS矢倉]というマッチアップは、雁木側に利があるという見解が定着します。そして、「雁木を倒すには低い構えから急戦調で戦うこと」が必要ではないか? という仮説が浮上してきました。その結果、早繰り銀や[腰掛け銀+左美濃]という作戦が主流になった訳ですね。
ところが、12月では急戦調の将棋が6局。矢倉系統の将棋が6局ときれいに二分化されているのです。一体、現環境ではどのような変化が起こっているのでしょうか。(第11図)
2019.12.18 第78期順位戦B級2組8回戦 ▲丸山忠久九段VS△阿部隆八段戦から抜粋。
先手は[腰掛け銀+左美濃]で雁木に対抗するトレンドの作戦を採用しています。現環境では、早繰り銀よりもこちらのほうが有力視されていますね。
さて。これに対して、雁木は漫然と組んでいると、先攻されて不本意な将棋になってしまいます。詳しくは、こちらを参照してくださいませ。
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2019年11月号 居飛車編)
したがって、雁木は8筋をさっさと交換するほうが得策ではないかと判断するようになりました。(第12図)
先手は着々と攻撃態勢を整えていきます。もう駒組みは概ね完成しているので、後手はそろそろ▲4五歩から仕掛けられることを想定しなければいけません。つまり、玉を囲っている余裕は無いのです。
という訳で、本譜は△7四歩▲6六角△5五歩と果敢に動いていきました。これが8筋の歩交換を活かす組み立てになります。(第13図)
▲同銀は△5四歩で銀が討ち死にしてしまいますね。よって、▲5五同角は必然ですが、△6四銀▲8八角△7五歩と後手はさらに攻め続けていきます。(第14図)
素直な対応は▲7五同歩△同銀ですが、それでは後手の銀ばかり前進しており、先手は大勢に遅れをとってしまいます。したがって、ここでは▲4五歩から攻め合うことになるでしょう。
雁木側の心得としては、素早く動いて相手に主導権を渡さないようにすることが肝要です。居玉であることはネックですが、先手も頭上に拠点を作られるのでお互い様でしょう。
このように、「目には目を歯には歯を」という訳ではありませんが、相手が急戦策を選んできた場合は、それに対抗すべく、こちらも急戦策を採用するのが現代雁木の考え方です。一方的に受け身になるという展開を避ければ、雁木は大いに戦えることでしょう。
この事例が示すように、現環境は急戦が以前ほど炸裂しないので、矢倉に鉱脈を探るプレイヤーが増えています。そして、矢倉で雁木を打ち破る手法が編み出されつつもあるのです。それにつきましては、豪華版のほうで解説しております。
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2020年1月号 居飛車編)
その他の戦型
あまり波風は立っていない。
15局出現。そのうち、一手損角換わりが9局あり、11月と同様に多く指されています。他には、横歩取り系統の将棋や、後手が角換わりを避けるため、力づくで定跡型の将棋を外すという将棋が指されていました。
とはいえ、大きな変化は見られず、あまり波風は立っていない印象ですね。
プロ棋界の公式戦で指されている最新戦法の内容をもっと深く知りたい! という御方は、こちらの記事をご覧ください!
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2020年1月号 居飛車編)
こちらの記事は有料(300円)です。その分、この通常版の記事よりもさらに詳しいコンテンツになっております。内容量といたしましては、通常版の約2~3倍ほどです。もっと詳しく! という御方は、ぜひご覧ください!
今回のまとめと展望
・現環境は、基本的には2手目△8四歩の将棋が多数派。ただ、以前よりも先手側が有利になりやすい変化が増えている印象があり、後手はこれから少しづつ苦労することになるかもしれない。
・以前の相居飛車は、「先手が攻めて、後手が受ける」という展開が前提だったが、現代将棋は「相手が攻めたら、自分も攻める」という前提に変わりつつある。矢倉や雁木のような、盛り上がった陣形を作ることが趣旨の作戦でも、常に急戦調の将棋へシフトして、攻めの姿勢を見せることが重要だ。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!