どうも、あらきっぺです。先日、腕立て伏せをしていたら肩を痛めてしまったので、人生で初めて湿布を張りました。湿布、凄いですね。何でこんな布切れ張ってるだけで治っちゃうんでしょうか。これ考えた人、天才です笑
タイトルに記載している通り、相居飛車の将棋から最新戦法の事情を分析したいと思います。
前回の内容は、こちらからどうぞ。
最新戦法の事情・居飛車編(2021年11・12月合併号)
・調査対象の将棋は、先月のプロの公式戦から(男性棋戦のみ)。棋譜はネット上や棋譜中継アプリにて公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・記事の内容は、プロの公式戦の棋譜を参考にしておりますが、それを元にして筆者独自の研究内容も含まれております。記事内容の全てが棋譜の引用という訳ではありません。
・記事中に記載している出現率は、小数点第二位を四捨五入した数字になります。
・戦法や局面に対する評価や判断は、筆者の独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、妄信し過ぎないことを推奨致します。
目次
最新戦法の事情 居飛車編
(2021.12/1~12/31)
調査対象局は85局。それでは、戦型ごとに見て行きましょう。
角換わり
守備の銀の効率に差をつける
17局出現。出現率は20%。トップメタの座は相掛かりに譲っていますが、多くの支持を得ている戦型ですね。
相変わらず腰掛け銀系の将棋が多数派ではありますが、現環境の相腰掛け銀は、後手の△9三歩型が強敵です。
この戦型は、後手が攻勢に出やすいことが特徴の一つです。先手は悪くないものの、明確なリードを奪うことも容易ではない印象ですね。
なお、△9三歩型の詳しい解説につきましては、以下の記事をご参照くださると幸いです。
【△9三歩型の攻防】
そこで、先手は腰掛け銀ではなく、早繰り銀を採用して良さを求める動きも出ています。今回は、その将棋を掘り下げて行きましょう。(第1図)
先手が早繰り銀を選んだ場合、後手には大きく分けると
(1)腰掛け銀で迎撃する
(2)自分も早繰り銀を選ぶ
という二通りのプランがあります。
そして、分かりやすいのは(2)の相早繰り銀ですね。何しろ、先後同型を保って行動すれば良いのですから。これで互角をキープできるのであれば、非常に対応が楽と言えます。
さて、先手はいつ▲3五歩を決行するかですが、何はともあれ▲1六歩は必要です。これは2四の地点で銀交換を行った際に、△1五角の王手飛車を消す意味がありますね。同様に、後手も△9四歩で追随するでしょう。
そこで先手は方針を問われますが、そのタイミングで▲3五歩と仕掛けてしまうのが最もシンプルではあります。(第2図)
なお、この指し方の実例としては、第35期竜王戦1組ランキング戦 ▲渡辺明名人VS△豊島将之九段戦(2021.12.24)が挙げられます。
ここから△同歩▲同銀は必然。その局面で後手は3五の銀を追い払えないので、△8六歩▲同歩△8五歩と反撃します。こういった継ぎ歩の反撃は、対早繰り銀における常套手段ですね。
先手はこの歩を取ることが出来ないので、▲3四歩△2二銀▲6六歩△8六歩▲8八歩と進めておきます。(第3図)
先手は先攻したのに8筋を凹まされたので芳しくないようですが、守備の銀の働きに差を着けたことが主張になります。2二の銀は壁銀の悪形なので、2筋を突破できなくとも十分にポイントを稼いだと判断しているのですね。
まだまだこれからの将棋ですが、この岐れなら先手は仕掛けた甲斐があった印象を受けます。
それでは、話をまとめます。先手目線からすると、現環境の角換わりは腰掛け銀でリードを奪うのは大変です。それゆえ、早繰り銀で良さを求める動きも出ていますね。
相早繰り銀で対抗されたときは、[▲1六歩・△9四歩型]というシンプルな形で仕掛けて行くのが有力です。先手は100%、後手に壁銀を強要できることが魅力ですね。腰掛け銀の環境次第ですが、早繰り銀が角換わりのメインテーマになる未来も十分にあり得るでしょう。
矢倉
進化し続ける令和急戦矢倉
15局出現。採用数に関しては、可もなく不可もなくといったところでしょうか。
現環境の矢倉は、以下の局面が一大テーマです。2021年は、これが本当に流行りましたね。(基本図)
このように、歩交換を受けず、△7四歩と△6四歩を優先的に指す駒組みが対矢倉では最も有力と見られている指し方です。
なお、この形を今回の記事から「令和急戦矢倉」と呼称することにします。
今までは「△6三銀・△7三桂型の急戦」と表現していましたが、この銀桂の配置は他の戦型でも出現する普遍的なものなので、戦法名として分かりにくいでしょう。便宜上、他の形との差別化を図りたいので、ご理解いただけると幸いです。
閑話休題。ここから先手には複数のプランがありますが、オーソドックスなのは▲4八銀△7三桂▲7九角で穏便に駒組みを進める順ですね。先手がこの順を選ぶと、以下の局面になることが予想されます。(第4図)
この局面に至るまでの注意点としては、後手が[△8五歩・△7三桂型]の配置に組んできたら、必ず▲6八角を上がることです。こうしておけば、△6五桂と跳ばれても▲6六銀で何事も起こりません。
間接的に8六の地点に利きを増やすことで後手の速攻を牽制できることが、この組み方の一番のメリットと言えます。
後手は速攻が封じられたので、「急戦」ではない方針を組み立てる必要があります。昨年の11月頃は、ここから6筋の位を取ってそれを主張にする指し方がホットでした。先手の進展性を奪えることが、このプランの魅力になります。
ただ、その指し方を選ぶと、後手は些か受け身になることがネックですね。先手は最善を尽くせば、互角に対抗することが可能です。詳しい解説は、以下の記事をご覧くださいませ。
2021年11・12月合併号
後手としては、速攻を封じられたとはいえ、やはり攻め重視の作戦を選びたいところ。その理想を実現するべく、今までにない工夫を打ち出した将棋が現れました。今回は、それを解説していきましょう。
ここから△5二金▲5六歩△4一玉と組んだのが、新たなアイデアです。(第5図)
なお、この局面の実例としては、第80期順位戦A級6回戦 ▲佐藤天彦九段VS△斎藤慎太郎八段戦(2021.12.15)が挙げられます。(棋譜はこちら)
傍目には、何が新しいのか全く見えて来ないですね。ただ、令和急戦矢倉は居玉を維持するケースが多いので、こうして玉の移動を優先するのは珍しい指し方なのです。
△4一玉を指すと右玉に組む含みは消えますが、ここで注目して欲しいのは、後手の銀が両方とも動きを保留していること。この工夫が、後々活きてくるのです。
このアイデアは面白く、上記の▲佐藤(天)ー△斎藤(慎)戦も、後手の作戦がどんぴしゃりに決まった内容でした。
なお、この指し方のより詳しい解説を知りたい方は、以下のリンクからご覧いただけますと幸いです。この作戦は、今後の環境に大きな影響をもたらす予感がありますね。
【令和急戦矢倉 △5二金と△4一玉を優先する理由】
相掛かり
AlphaZero流との融合
25局出現。今回の期間も一番指された戦型になりました。出現率は29.4%であり、他の戦型とは頭一つ抜けた数字を叩き出しています。
先手は相変わらず▲9六歩を優先する指し方が多く、猫も杓子もこれを指していますね。この作戦は、相手の態度を見てから作戦を決定できることが最大のメリットであり、それゆえ条件の良い局面を作りやすいことが特色です。(基本図)
この端歩の打診に対して後手がどう応じるかですが、先後同型を保つのであれば△1四歩になりますね。相手と歩調を合わせる自然な一着と言えます。
この場合、先手は▲4六歩と▲3六歩が候補手になります。前者の▲4六歩は、腰掛け銀を志向したものですね。
ちなみに、腰掛け銀に組むだけなら[▲9六歩⇔△1四歩]の交換は不要です。けれども、先手はこの交換が入っていると数手後に面白い動き方を行うことが可能になり、ほんの少し得をします。詳しい解説は、以下の記事をご参照くださいませ。
【▲9六歩⇔△1四歩の交換を入れて腰掛け銀】
ただ、現環境では、どちらかと言えば▲3六歩の方がより有力視されている風潮を感じます。今回は、この形をテーマに解説を進めましょう。(第6図)
この▲3六歩は端的に述べると、AlphaZero流(以降はAlpha流と表記)を志向したものになります。
なお、「AlphaZero」とはDeepMindによって開発されたコンピュータプログラムのことです。詳細は、以下のリンクからご覧くださいませ。
参考 AlphaZeroの概要さて、後手はどのように駒組みを行うかですが、最も注意しなければならないのは横歩取りの筋ですね。
例えば、ここで△3四歩を突こうものなら、すかさず▲2四歩△同歩▲同飛で横歩を狙われます。これは歩を突いた手が逆用されかねないので、後手は嬉しい進行ではありません。
したがって、ここは慎重に様子を見る必要があります。
具体的には△8六歩▲同歩△同飛で歩交換の権利を行使。先手は▲5八玉△5二玉▲3七桂で陣形整備を進めますが、そこで△9四歩とさらに様子を見ます。これが堅実な組み方ですね。(第7図)
なお、この局面の実例としては、第35期竜王戦2組ランキング戦 ▲斎藤慎太郎八段VS△深浦康市九段戦(2021.12.28)が挙げられます。
このように、横歩取りを警戒した駒組みを行うのがAlpha流に対するベストの選択です。こういった組み方をしておけば、後手は作戦負けを回避することが出来ます。
ただ、この局面は先手も全く不満はありません。むしろ、こういった局面になることを念頭に置いているので、▲3六歩を選んでいる意味があるのです。
実を言うと、Alpha流に対しては参考図のように組むのが最強の対策です。この組み方をされると先手はアドバンテージを取ることが難しく、苦労しているところがありますね。詳しい解説は、以下の記事をご覧頂けますと幸いです。
【AlphaZero流の対策】
けれども、この将棋はオープニングで先手が[▲9六歩⇔△1四歩]の交換を入れてからAlpha流を志向した経緯があるので、先手は参考図よりも条件の良い局面を作ることが出来てます。第7図は後手もベストを尽くしていますが、こういった背景がある以上、先手は満足の行く序盤でしょう。
それでは、話をまとめます。現環境の相掛かりは、▲9六歩優先型が大流行しています。後手は先後同型を保つ△1四歩で対応できれば話は楽ですが、腰掛け銀志向とAlpha流志向の2パターンに対応しなければいけないので、実用性という点に関しては苦労が多そうな感がありますね。
先手としては、どちらか片方で自信の持てる変化を用意できれば良いので、選択肢が広いところが嬉しいところ。また、▲3六歩の将棋は△1四歩を無駄手にできる公算が高いので、なかなか魅力的に映ります。現環境は、先手持ちですね。
雁木
駆け引きを上手く利用したい
13局出現。後手番で採用されるケースが多く、特定のプレイヤーが根強く指している戦法でもありますね。
後手で雁木が指される場合、オープニングの種類が大きく分けると二つあります。一つは、2手目△3四歩を経由するパターンですね。後手が確実に雁木を採用することを考えると、これを選ぶことになります。
しかし、現環境でこのオープニングを選ぶと、▲7八玉型の早繰り銀が強力です。雁木はこれに苦戦を強いられている節がありますね。詳しくは、以下の記事をご覧くださいませ。
【雁木の有力な対策 ▲7八玉型の早繰り銀】
後手が雁木に組むもう一つのパターンは、角換わりを拒否するタイプの指し方です。すなわち、こういったオープニングですね。(第8図)
ちなみに、この△4四歩に代えて△7七角成とすれば、角換わりになりますね。つまり△4四歩は、「このオープニングなら角換わりよりも雁木をしたいな」と語っている手だと読み取れます。
なお、この局面の実例としては、第70期王座戦二次予選 ▲増田康宏六段VS△森内俊之九段戦(2021.12.1)が挙げられます。
なぜ、このオープニングなら雁木を選ぶのかというと、先述した▲7八玉型の早繰り銀を回避できるメリットがあるからです。角換わり拒否雁木は相手の囲いの形を限定させているので、2手目△3四歩経由の雁木よりも得をしているのですね。
つまり、デフォルトの雁木よりも魅力的なのです。
かつて筆者は、雁木は振り飛車との併用を見せると面白いと述べました。そして、この組み方も趣旨としてはそれと通ずるものがあると考えられます。後手は雁木を採用する条件が良くなってから態度を決めていることが分かりますね。
こういった事情を見ると、現環境において雁木は、始めから狙って指す戦法ではなくなっているように感じます。相手との駆け引きや他の戦法との兼ね合いを上手く嚙合わせ、採用条件を高めてから登板させたい戦法という印象を受けますね。
その他の戦型
アイデンティティをぶっ壊す
15局出現。2手目△3四歩系統の戦法に話を絞ると、横歩取りや一手損角換わりはポツポツと指されています。第一線から退いた戦法ではありますが、完全に廃れた訳でもないですね。
ただ、一手損角換わりに関しては、かなり苦労が多い印象を受けます。理由は二つあり、まず早繰り銀が手強いこと。そしてもう一つの理由が、桂ポンの攻めに対処しにくいことです。今回は、後者の作戦をテーマに解説を進めたいと思います。(第9図)
一手損角換わりは、手損する代わりに飛車先の歩を伸ばす手を省くことが出来るのが特徴です。ゆえに、それ以外の駒に関しては駒組みが遅れる心配はありません。となると、玉金銀の移動は遅れないので桂ポンは対処できそうにも思えますね。ところが、現環境では風向きが変わりつつあるのです。
ちなみに、この局面に至るまでの先手のポイントしては、
・▲7七銀は省いておく
・1筋の突き合いを入れる
・囲いは▲7八玉型に構える
この三点になります。
なお、この指し方の類例としては、第35期竜王戦4組ランキング戦 ▲船江恒平六段VS△村山慈明七段戦(2021.12.23)が挙げられます。
さて、先手が桂ポンを狙っているのは予想できる配置なので、後手は何かしら備えたいところ。そうなると、△5二金で中央を強化するのが自然です。以下、▲5八金右△7四歩が妥当な進行例でしょう。
ただ、先手はここまで組めれば準備OK。ここから猛然と後手陣に襲い掛かって行きます。すなわち、▲1五歩△同歩▲3五歩が明るい仕掛けですね。(第10図)
これには△同歩が並の対応ですが、▲4五桂からガンガン襲い掛かって行きます。
先手陣は飛車の打ち込みに強い(例えば、将来△2九飛と打たれても脅威が乏しい)ので、飛車を切る攻めを気兼ねなく実行できることがこの作戦の自慢になります。そういった背景があるので、後手がこの仕掛けを受け止めるのは至難の業ですね。▲船江ー△村山戦も、先手の攻めが炸裂した将棋でした。
また、この仕掛けが成立する理由の一つに、後手の飛車が攻めに働いていないという要素が挙げられます。
冒頭に、一手損角換わりは飛車先の歩を伸ばす手を省けることが特徴と述べました。ですが、こうして流れの速い将棋になると、そのメリットが裏目に出ていることが分かります。この飛車が戦線から大きく立ち遅れているので、粗っぽく見える先手の攻めが通ってしまうのですね。
▲7八玉型の桂ポンは、飛車先の歩を伸ばさない一手損角換わりのアイデンティティをぶっ壊しに来ているので相当に怖い存在です。現環境において、一手損角換わりを採用するのは高いリスクを伴うと言えるでしょう。
序盤の知識をもっと高めたい! 常に作戦勝ちを狙って戦いたい! という方は、以下の記事をご覧ください。
最新の戦術には興味があるけど、どう指して良いのか分からない。どうしてプロがこういった指し方をするのかを知りたい。そういったお気持ちがある方には、うってつけのコンテンツとなっております。
有料(300円)ではありますが、内容量としてはこの記事の約3倍です。よろしければご覧ください!
今回のまとめと展望
【主戦場に変化が起こっている】
相居飛車と言えば、長らく角換わり腰掛け銀がトップメタに君臨していました。特に、基本形の将棋は数え切れないほど指された戦型でしたね。
しかし、現環境では相掛かりがトップメタに変わり、角換わりも腰掛け銀ではなく、早繰り銀に鞍替えする動きが出ています。また、一手損角換わりの対策は早繰り銀と相場が決まっていましたが、先手は新たに桂ポンの将棋に鉱脈を見出そうともしています。
このように、現環境の相居飛車は主戦場がかなり流動的になっているように感じます。特に、ここ三ヶ月ほどはその傾向が顕著ですね。時代の転換期を迎えているのかもしれません。本年は、今まで以上に目が離せない一年になりそうですね。
それでは、また。ご愛読いただき、ありがとうございました!