どうも、あらきっぺです。先日、台風の影響で5時間ほど自宅が停電したのですが、その間、あまりにもできないことが多すぎて愕然としました…。同時に、電力会社にお勤めになっている方々へのリスペクトが増しました。頭が下がりますね。
タイトルに記載している通り、プロ棋界の将棋から最新戦法の事情を分析したいと思います。今回は相居飛車編です。
なお、先月の内容はこちらからどうぞ。
プロの公式戦から分析する、最新戦法の事情(8月・居飛車編)
・調査対象は先月のプロの公式戦(男性棋戦のみ)。棋譜は携帯中継や名人戦棋譜速報など、公に公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・文中に登場する棋士の肩書は、全て対局当時のものです。
・戦法や局面に対する評価や判断は、あらきっぺの独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、あまり妄信し過ぎないことを推奨致します。
最新戦法の事情 居飛車編
(2018.8/1~8/31)
調査対象局は105局。先月に続いて、100局の大台を超えました。それでは、それぞれの戦型ごとに見て行きましょう。
角換わり
先手に工夫が求められている。
18局出現。先月と比較すると出現率は28%→17%と下落しています。原因は、前回の記事でも述べた通り、後手の待機策が優秀で、先手が打開に苦労しているからです。(第1図)
2018.8/24 第68期王将戦二次予選 ▲佐藤天彦名人VS△西尾明六段戦から。
後手が基本形から△5二玉▲7九玉△4二玉と待機したところです。
ここで▲8八玉と上がると、△6五歩と仕掛けられて先手不満なので、(詳しくは前回の記事を参照してください)佐藤名人は▲4五桂(青字は本譜の指し手)と仕掛けに踏み切ります。
以下、△2二銀▲3五歩△4四歩▲3四歩△4五歩▲同銀△4三銀▲6九飛と進みました。(第2図)
問題はこの局面の優劣がどうなっているか。先手は相手を歩切れに追い込み、壁銀を強要させたことが仕掛けの成果です。しかし、現実として桂損していますし、後手に手番を後手に渡しているので、ぱっとしない印象です。仕掛けの成否は微妙ですね。
この戦型において、▲4五桂と跳ねる手は常にある攻め筋ですが、後手陣の防御力が高いので、なかなか簡単にはいきません。現状は、先手に工夫が求められています。後手はただ待っているだけで互角以上に戦えるので、実戦的に苦労が少ないですね。
矢倉
矢倉には組ましてもらえない時代。
13局出現。やはり速攻重視の傾向が強く、金矢倉に組む作戦は下火です。
先手は戦法の構造上、早めに▲7七銀を上がる必要があります。その配置から速攻を発動するには、必然的に米長流急戦矢倉を選ぶことになりますね。(第3図)
2018.8/14 第31期竜王戦挑戦者決定戦三番勝負 第1局 ▲深浦康市九段VS△広瀬章人八段戦から。(棋譜はこちらからどうぞ)
▲5八金と引き締める手すら省略しているのが先手の工夫です。広瀬八段は△6四歩と突いて、▲5五歩に△6三銀を用意しましたが、それを見て▲5七銀と引いた手が柔軟な構想でした。(第4図)
この指し方の趣旨としては、こちらの記事で紹介した「増田流銀引き作戦」と同様ですね。プロの公式戦から分析する、最新戦法の事情(7月・居飛車編)
後手はこのままでは3一の角が使えないので△6五歩と指しましたが、▲4五歩△同歩▲同桂△4四銀▲3五歩と仕掛けた局面は、先手満足と言えるでしょう。自分だけ桂を活用できていることが大きいですね。(第5図)
△3五同歩は▲2四歩から十字飛車があるので、この歩は取れません。
後手はここから、△8六歩▲同歩△8五歩▲同歩△6六歩と強引に反撃しましたが、せっかく伸ばした6筋の歩を突き捨てているようでは、自ら失敗を認めているようなものです。実戦も先手の快勝に終わっています。
急戦策VS金矢倉という構図は星の数ほど指されている将棋ですが、ここ数ヶ月は矢倉側がリードを奪われている将棋が殆どです。理由としては、角と右桂の働きに差を着けられやすいことが挙げられます。現環境は、矢倉には組ませてもらえない時代ですね。
雁木
後手番での雁木は条件次第。
14局出現。7月から6局減りました。原因の一つに、4手目△4四歩タイプの雁木が苦しくなったことが考えられます。(第6図)
2018.8/4 第4期叡王戦段位別予選八段戦 ▲松尾歩八段VS△稲葉陽八段戦から。(棋譜はこちらからどうぞ)
後手の作戦は、前回で紹介した△8四歩型雁木です。工夫の作戦なのですが、ここから▲3五歩△同歩▲2六銀が機敏な仕掛け。結論から述べると、これで先手有利です。(第7図)
先手陣は角に紐が一つしか付いていないので、ここで△4五歩を突かれると△5五角の両取りを受けにくいという問題があるのですが、それを気にせず▲3三角成△同桂▲3五銀と斬り込む手が好判断です。この踏み込みが成立していることが、この仕掛けの肝ですね。(A図)
△5五角には▲4六歩で対応します。△9九角成よりも▲3四歩のほうが威力が高いので、この攻め合いは先手に分がありますね。後手は△8四歩型が中途半端な配置で、飛車の働きが不十分なのが痛いのです。
このような事情があるので、本譜は第7図から△3六歩と指しましたが、▲3八飛から3筋に殺到した先手が圧倒しました。
また、以前の記事で取り上げた△3二銀型で早繰り銀を牽制する作戦にも強敵が現れました。(第8図)
2018.8/10 第77期順位戦C級1組3回戦 ▲増田康宏六段VS△門倉啓太五段戦から。
ここから自然な手は銀を繰り出す▲3七銀ですが、その前に▲3八飛と寄った手が斬新なアイデアでした。
後手は角頭を守るために△4三銀と上がりますが、それから▲3七銀を指したのが巧みな組み合わせです。(第9図)
後手も△7三桂と跳ねて反撃の準備を整えますが、▲3五歩△同歩▲2四歩△同歩▲4六銀と先攻した局面は、先手良しです。(第10図)
△3二銀型は、先手が▲4六銀と繰り出してきたときに△4五歩と反発して、カウンターを決める展開が理想です。
しかし、第10図で△4五歩を突くと、▲3三角成△同桂▲3五銀で、後手は▲3四歩や▲2二角が防げず、収拾がつきません。
ここまで進むと、第8図の局面から[▲3八飛⇔△4三銀]の交換を入れた効果がテキメンです。つまり、この交換を入れることで、
(2)▲3八飛を寄っているので、△5五角の筋を緩和している。
という恩恵を先手は得ることができているのです。
後手にとって、この交換は何のメリットも無く、不都合しかありません。▲4六銀に△4五歩を突けないのでは構想が破綻しており、作戦負けと言えます。
4手目△4四歩タイプの雁木は、有力視されていた駒組みが次々とやっつけられており、現環境では苦戦を強いられています。後手で雁木に組めるパターンは、角換わり拒否タイプと、相雁木に限定されていると言えるでしょう。
相掛かり
トップメタに躍り出る。
26局出現。7月から二倍の対局数になり、一躍環境トップの戦法になりました。
先手は▲6八玉・▲3八銀型に構える駒組みが主流です。飛車の位置は、相手の陣形によって変化させている印象ですね。
相手の陣形を見てから自分の飛車の位置を決めたいので、ギリギリまで飛車先の歩交換を保留する将棋が増加しています。そして、それを限界まで突き詰めた作戦がこの将棋です。(第11図)
2018.8/8 第77期順位戦A級2回戦 ▲深浦康市九段VS△羽生善治竜王戦から。
後手が8筋の歩交換を行ったところです。
並みの発想なら、こちらも相手に合わせて▲2四歩から歩交換を目指すと思うのですが、深浦九段は▲3六歩と突きました。
なぜ、交換をさっさとしないのかと言うと、先述したように相手の形を見たい意味もありますし、横歩をかっさらう手も視野に入れている意味もあります。
つまり、後手が四段目に歩を進めたら、▲2四歩△同歩▲同飛でそれを取りに行こうとしているんですね。
羽生竜王はそれを警戒して△8四飛▲3七桂△3四歩と飛車を四段目に引いて対応しましたが、▲2二角成△同銀▲8八銀で▲8七歩を省略したのがポジティブな構想でした。(第12図)
後手が▲8七歩を打つ前に飛車を下がったので、このような指し方が可能になっています。
先手は次に▲6六角が狙いです。飛車が横に逃げれば▲8二歩、縦に逃げれば▲2四歩から横歩を取る手が生じます。また、▲7七桂から二枚の桂を中央へ跳ねる攻め筋も魅力的ですね。
第12図は、攻めの形が整っている先手がリードを奪いやすい局面と考えられます。2筋の歩交換を遅らせることで、相手の駒組みに制約を与えた好例でした。
相掛かり▲6八玉・▲3八銀型は、角換わりのように打開に困ることがなく、矢倉よりも主導権が握りやすい印象があり、それが流行している理由でしょうね。現状では先手側に特に問題が無いので、今後も多く指されることが予想されます。
横歩取り
新たな定跡型が登場。
17局出現。7月から10局増加しました。復活の要因は、青野流に対して新たな対抗策が生まれたからです。(第13図)
2018.8/30 第77期順位戦B級1組5回戦 ▲橋本祟載八段VS△斎藤慎太郎七段戦から。
ここから△8八角成▲同銀△5五角が新手法です。(第14図)
こちらの記事で紹介した大橋新手と瓜二つですが、△2六歩を利かさずに△5五角を実行していることが相違点です。
ここで大橋新手のときと同様に▲8七銀と上がるのは、この局面になったときに、今度は後手に持ち歩が二枚あるので、△3三歩▲8四飛△8三歩と受けられてしまいます。
したがって、先手は▲8七銀が上がれず、▲7七角を選ぶことになります。対して、後手は△7六飛で歩損を回収します。(第15図)
先手が△2六歩を入れていないことを咎めるのなら、▲2八歩と受ける手が考えられますが、ここに歩を打つと攻撃力が落ちるので乗り気がしないでしょうか。
本譜は▲2二歩△同角▲3七桂で桂の活用を優先させましたが、△7四飛▲同飛△同歩で飛車交換になった局面は、優劣がはっきりしません。(第16図)
互いが同じような陣形で飛車交換になった場合、普通は手番を握っている側が有利としたものですが、この局面では少し事情が異なります。
一つは、後手の角が△2二角型であることです。この戦型は△3三角型が定位置ですが、▲4五桂を先手で跳ばれてしまうのが泣きどころでした。しかし、この局面ではその欠点をクリアしていますね。
もう一つは、持ち歩の数に差があることです。先手は▲2四歩や▲8四歩といった小技を使って手を作るのが常套手段なのですが、このとき持ち歩の数が少ないと、支障が生じるリスクが高まります。
後手には、この二点のアドバンテージがあるので、第16図は手番を渡していても釣り合いが取れている可能性があります。
新たな指し方が登場したことにより、状況は振り出しに戻りました。現環境は、青野流は先手有利と断言することはできず、優劣不明と考えられます。
その他の戦型
一手損角換わりが要注目?
17局出現。一手損角換わりがポツポツ指されているのが目を引きます。今回は、後手のささやかな工夫を紹介しましょう。(第17図)
2018.8/19 第3回YAMADAチャレンジ杯 準決勝 ▲近藤誠也五段VS△牧野光則五段戦から。
先手が▲5六歩を突いて、銀の可動域を広げたところです。
ここで後手が△4三銀と引いた手が、ありそうでなかった先受けです。
今までは先手に▲3五歩と突かれてから△4三銀と引くことが多かったのですが、それには▲3四歩△同銀右▲3六歩が習いある手筋で、先手満足です。(B図)
先手は次に▲3五銀から銀を進出する手を確定させたので、銀を捌く目処が立っていますね。
しかし、▲3五歩を突かれる前に△4三銀を引いておけば、▲3五歩には△4五歩で銀交換を回避することができます。(第18図)
本譜はここから▲4五同銀△3五歩▲5五歩△4四歩▲5六銀と進みましたが、この進行なら銀矢倉の堅陣が残っているので、後手まずまずの序盤戦といったところですね。
現環境は、後手番角換わりの株が上がっているので、それに影響を受けて一手損角換わりの評価が上がる可能性は、十分あるように思います。
今回のまとめと展望
・先手角換わりは苦心している。2手目に△8四歩を指すプレイヤーは、角換わりよりも相掛かりを警戒するべきだ。
・横歩取りや一手損角換わりに光が差しており、2手目に△3四歩を指す価値が上昇している。
・後手雁木は苦戦気味。角換わり拒否タイプの雁木は健在だが、先手角換わりの評価が落ち込んでいるので、出現頻度は低そうだ。
それでは、また。ご愛読ありがとうございました!
こんにちは。いつも楽しく読ませて頂いています。
質問なのですが、最近あまり指されなくなった角換わり4五桂急戦の現状はどのような感じなのでしょうか。
一時期は多く指されていたような気がするのですが、最近は王座戦第2局くらいしか見ていないような気がします。
指されなくなった理由等、答えて頂けると嬉しいです。
はじめまして。いつも、ご覧いただき、感謝いたします。
さて。ご質問の内容ですが、端的に申し上げると、「成否が不透明だから」です。
しかし、これでは釈然とされないと思うので、改めて記事化してお答え致します。
今しばらく、お待ちください。
返信ありがとうございます。
楽しみに待っています。