どうも、あらきっぺです。もう夏も終わりですね。今年も特に夏らしいことをせず、この季節とお別れすることになりそうです。
タイトルに記載している通り、プロ棋界の将棋から最新戦法の事情を分析したいと思います。今回は相居飛車編です。
なお、先月の内容はこちらからどうぞ。
最新戦法の事情(2019年7月・居飛車編)【簡易版】
・プロの公式戦の棋譜から戦法の評価を分析しています。調査対象は先月のプロの公式戦(男性棋戦のみ)。棋譜は携帯中継や名人戦棋譜速報など、公に公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・文中に登場する棋士の肩書は、全て対局当時のものです。
・戦法や局面に対する評価や判断は、あらきっぺの独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、あくまで、一個人の見解なので、妄信し過ぎないことを推奨いたします。
最新戦法の事情 居飛車編
(2019.6/1~6/30)
調査対象局は100局。それでは、戦型ごとに見て行きましょう。
角換わり
先手がなかなか良くならない。
20局出現。いつも通りコンスタントに指されており、相居飛車の主要戦法の一つとして君臨しています。
先月と同様に、基本形から△5二玉と待機する将棋の支持率が高く、先手としては、これをどう打ち破るかが、当面の課題となっています。今月は、先手が果敢に動いていった将棋を紹介したいと思います。(第1図)
2019.7.2 第78期順位戦C級1組2回戦 ▲増田康宏六段VS△千葉幸生七戦から抜粋。
これは、基本形から△5二玉▲7九玉△4二玉▲4五桂と進んだ局面です。先手としては、この仕掛けが成立していれば話は早いところですね。
これには△2二銀(青字は本譜の指し手)と引いて桂を取りに行くのが最善の対応になります。対して、先手は▲3五歩△同歩▲7五歩△同歩▲1五歩△同歩▲同香△同香▲7四歩と怒涛の勢いで攻め込んで行きます。
ただ、そこで△1三銀が柔軟な対応でした。(第2図)
これは▲2四歩を防ぎつつ、▲3四桂の両取りを未然にかわした一石二鳥の銀上がりです。第5図は歩の消費量が激しく、有効な後続手も見えないので先手は無理攻めの烙印を押された格好ですね。
このように、▲4五桂と跳ねていく仕掛けは壁銀を強要できるので魅力的ではあるのですが、どうも先手の攻めが細いようです。現環境は、先手がなかなか良さを見出せておらず、後手が満足に戦えている印象を受けます。
相掛かり
後手は対応に追われている。
21局出現。角換わりとほぼ同様の対局数で、こちらも相居飛車の主戦場になっている戦法です。
以前は▲5八玉・▲3八銀型に構える将棋が多かったのですが、それはミラーゲームに誘導されると簡単ではありません。なお、ミラーゲーム問題については、こちらの記事をご覧ください。
最新戦法の事情(2019年1月・居飛車編)
なので、最近は如何にしてそれを回避するかが主流の考え方になっています。(第3図)
2019.7.22 第69期大阪王将杯王将戦二次予選 ▲稲葉陽八段VS△谷川浩司九段戦から抜粋。
▲6八玉型に構え、かつ8筋の歩を打たないまま駒組みを進めているところが目を引きます。これは今までもチラホラと指されていた駒組みでしたが、7月の下旬当たりから対局数が急増しています。現環境では最もホットな作戦と言えるでしょう。
ここで後手は自然に指すなら△7四歩ですが、それには▲8五歩から主導権を握られてしまいます。詳しくは、こちらの記事をご覧ください。
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2019年6月 居飛車編)
そのような事情があったので、本譜は△9四歩と突いて飛車の横利きを維持して様子を見ましたが、▲2二角成△同銀▲8八銀がアグレッシブな指し方でした。(第4図)
これは角を交換することで、次に▲7七桂と跳ねたり、▲6六角と打って攻めの形を作りやすくした意味があります。
後手はそういった手を指させたくないので、本譜は△3三桂▲2九飛△3五歩と動きましたが、▲2六飛が冷静な応手で先手がまずまずの局面になりました。(第5図)
先手は桂頭が薄いようですが、後手も3四の地点が傷になりそうなので潰される心配はありません。
第5図は、桂を二枚とも活用しやすいことや、持ち歩が多いことから先手のほうに良い条件が揃っているように感じます。
この例が示すように、現環境はミラーゲームを回避するために先手が様々な工夫を編み出しており、環境が変化しつつあります。現環境は後手が対応に追われており、全体的に先手が押しているムードを感じます。対局数が多いことも頷けますね。
矢倉
囲いの形に拘らない。
14局出現。様々な形の将棋が指されており、作戦の多様化がより一層、色濃くなった感があります。何か特定の形が流行っている訳ではなく、相手の作戦によって囲いの形を柔軟に変化していることが現代矢倉の特徴ですね。
特にそれを象徴しているのが、後手が△7三銀型の急戦策を選んだときです。(第6図)
2019.7.11 第78期順位戦B級1組3回戦 ▲永瀬拓矢叡王VS△斎藤慎太郎王座戦から抜粋。
後手は2筋の歩交換を受けず、銀を優先的に進出して急戦調の将棋にしようとしていますね。
これに対して先手は、従来は平凡に矢倉に組む将棋が多かったのですが、それでは不本意な将棋になってしまいます。詳しくは、こちらの記事をご覧ください。
プロの公式戦から分析する、最新戦法の事情(4月・居飛車編)そこで、本譜はこの早繰り銀の出足を止めるために思い切った駒組みを展開します。▲6六銀△8五歩▲7七角が意表の手順でした。(第7図)
かなり奇異な駒組みですが、とにかく歩を交換されないようにして、後手の急戦策に歯止めを掛ける意図です。もはや囲いが矢倉ではありませんが、これが最先端の指し方です。
ここまで仕掛けを警戒されると、後手も囲いの整備を進めるくらいです。本譜は無難にカニ囲いを作りました。(第8図)
さて。先手はどのような駒組みを行えば良いのか方針が見えにくいところですが、まずは▲3四飛で歩得を主張します。以下、△3三銀▲3六飛△5四歩▲3八銀△3一角▲2六飛△2三歩▲4八玉で右側へ玉を囲ったのが柔らかい着想でした。(第9図)
確かに先手は玉を左側に囲っても堅くはならないので、このような指し方を採るほうが安全と言えます。
ここから先手は▲3六歩→▲3七桂→▲4六歩→▲4七銀のように陣形を盛り上げて行くのが楽しみですね。歩得しているので長い序盤戦になれば作戦勝ちが期待できます。
また、先手は▲4八玉型ではなく中住まいに構える構想もあり、この辺りは好みが分かれそうなところですね。
現環境の矢倉は力戦型との境目が曖昧になっており、定跡形の将棋ではなくなってきた感があります。定跡形を好まないプレイヤーには、面白い戦場かもしれません。
雁木
新たな敵が登場。
16局出現。対局数が緩やかに右肩上がりしており、復権の気配が本格化してきた印象があります。それの要因としては、以前から再三述べている通り、早繰り銀に対抗できるようになったからです。詳細は、こちらの記事をご覧ください。
最新戦法の事情(2019年4~5月・居飛車編)
そこで、先手は早繰り銀ではない作戦に鉱脈を掘り当てる動きが出ています。(第10図)
2019.7.9 第90期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第4局 ▲豊島将之棋聖VS△渡辺明二冠戦から抜粋。(棋譜はこちら)
左美濃と腰掛け銀を掛け合わしたのが、先手の工夫です。これは、対矢倉における左美濃急戦のような要領ですね。
こういった作戦は、どの形で▲4五歩を決行するのかが極めて重要です。それの発動条件を整えるために、豊島棋聖は▲2五歩△3三角▲6六角と指しました。後手は△3一玉と引くくらいですが、この局面なら▲4五歩の仕掛けが成立しています。(第11図)
後手は自然に応じるなら△4五同歩ですが、それには▲3五歩と突く手が調子の良い攻めになります。先手は6六に角を配置したことにより、角交換に強い布陣になっていることが心強いですね。
この作戦は、少ない手数で堅陣が作れる左美濃の長所を存分に活かしており、とても有力だと感じています。早繰り銀とは違い、桂が攻めに参加しやすいことが自慢ですね。
現環境の雁木は、この[左美濃+腰掛け銀]が新たな敵です。この戦型の優劣が、雁木の優劣を握っていると言えるでしょう。
横歩取り
環境が不透明。
10局出現。7月は数字の上で大きな動きがありました。青野流の出現率が6月から約83%→40%と大幅に下落したのです。基本的に横歩は母数が少ないので数字の浮き沈みが激しい側面はありますが、なぜここまで落ち込んだのかは分かりません。
青野流以外の作戦だと、先手は穏便に▲3六飛と引き、▲6八玉型に構える将棋が4局指されました。ただ、これは後手が軽快に攻める展開になりやすいので、先手の利を活かす作戦ではないかなという感はあります。
基本的に横歩取りは青野流が最強の敵です。裏を返せば、それ以外の戦法なら後手はきちんと対抗することが可能と言えます。そうなると、青野流が減少した理由がますます謎めいているのですが、一時的な数字の偏りに過ぎないのかもしれないので、来月以降の様子を見て判断したいと思います。
その他の戦型
一手損角換わりがホット。
19局出現。一手損角換わりが爆発的に増えており、なんと12局も指されました。6月の記事でも述べたように、一手損角換わりに良い風が吹いていたのでその予兆はありましたが、ここまで来るとただのブームでは終わらなさそうな感がありますね。
一手損角換わりが脚光を浴びている最大の要因は、△7二金型の右玉が有力であることが分かったからです。(第12図)
2019.7.20 第40回日本シリーズJTプロ公式戦 ▲羽生善治九段VS△斎藤慎太郎王座戦から抜粋。(棋譜はこちら)
後手の布陣は独特な構えをしていますが、これがこのところ脚光を浴びている形です。なお、この局面に至る詳細な解説は、こちらの記事をご覧ください。
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2019年6月 居飛車編)
先手はすぐに後手陣を攻める手段が無いので、本譜は▲1六歩でパスをしました。しかし、この手を見て後手は行動を起こします。△8五桂▲8八銀△4九角が思い切った手順でした。先手は▲6八玉と上がって角の捕獲を目指しますが…。(第13図)
後手は攻め駒の応援が足りなく、攻めが頓挫しているように感じるかもしれません。けれども、ここから△3八歩▲4八角△1五歩▲同歩△4四銀▲4六銀△3三桂と進んだ局面は、景色が一変した印象を受けるのではないでしょうか。(第14図)
次に△4五銀とぶつけることが出来れば、後手の攻めは厚くなりますね。とはいえ、先手はそれが分かっていても防ぎにくく、対処が難しい局面です。
先手としては、先攻したはずなのに結果的には一方的に攻められる展開になっているので、あまり面白くない将棋のように思います。
このように、△7二金型の右玉は迎撃力が強く、先手は思うように攻める展開になりません。一手損角換わりは以前は早繰り銀でOKという定説でしたが、現環境では簡単ではなく、先手に工夫が求められていると言えるでしょう。
プロ棋界の公式戦で指されている最新戦法の内容をもっと深く知りたい! という御方は、こちらの記事をご覧ください!
参考 最新戦法の事情【豪華版】(2019年7~8月 居飛車編)
こちらの記事は有料(300円)ではありますが、より詳しいコンテンツになっております。内容量といたしましては、こちらの通常版の約2~3倍ほどです。もっと詳しく! という御方は、ぜひご覧ください!
今回のまとめと展望
・現環境は角換わりと相掛かりが二大戦場で、居飛車党はこのどちらかに身を置かなければいけない。矢倉はガラパゴス化しており、以前よりもかなり毛並みの違う将棋に変貌してしまった。避ける方法は簡単なので、プレイヤーによっては全く触れられない。
・2手目△3四歩は後手にとって悪くない旗色だ。どの戦型も7月に入ってから対局数が伸びている。ただ、横歩取りは謎のベールに包まれており、環境が分からない。青野流に対して策があるのなら、面白い選択だろう。
それでは、また。ご愛読、ありがとうございました!