どうも、あらきっぺです。私事ですが、先日に取材を受けました。まあまあ刺激の強いことを話してしまったなぁと思っておりましたが、肯定的な意見が多かったようで何よりです。今後もよいアウトプットを行いたいものですね。
タイトルに記載している通り、相居飛車の将棋から最新戦法の事情を分析したいと思います。
前回の内容は、こちらからどうぞ。

・調査対象の将棋は、先月のプロの公式戦から(男性棋戦のみ)。棋譜はネット上や棋譜中継アプリにて公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・記事の内容は、プロの公式戦の棋譜を参考にしておりますが、それを元にして筆者独自の研究内容も含まれております。記事内容の全てが棋譜の引用という訳ではありません。
・記事中に記載している出現率は、小数点第二位を四捨五入した数字になります。
・戦法や局面に対する評価や判断は、筆者の独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、妄信し過ぎないことを推奨致します。
目次
最新戦法の事情 居飛車編
(2022.3/1~4/30)
調査対象局は105局。それでは、戦型ごとに見て行きましょう。
角換わり
時代は桂ポン
41局出現。出現率は29.1%であり、前回の期間から14%も上昇しました。今年に入ってから角換わりは減少傾向にありましたが、今回の期間では一気に対局数が増えましたね。
角換わりになったとき、先手の作戦は大きく分けると[腰掛け銀・早繰り銀・桂ポン]の三つに分かれます。以前は腰掛け銀一色でしたが、今回の期間において、これらが指される比率は、ほぼ均一となっています。作戦選択の変化が見て取れますね。
そして、現環境において最も有力視されているのが桂ポンを志向する作戦です。(第1図)
なお、桂ポンとは腰掛け銀に組まず、▲4五桂(もしくは▲3五歩△同歩▲4五桂)から速攻を仕掛けていく指し方のことを意味します。先手はこの仕掛けを決行する際、自陣をどのような配置にするかを試行錯誤しています。そして、現環境で注目されているのは、上図の配置ですね。
なお、ここに至るまでの注意点としては、
(1)1筋の突き合いを入れておく。
(2)▲7八金を上がらない。
この二点となります。
さて、ここから先手は▲3五歩△同歩▲4五桂で早速仕掛けます。後手は△2二銀が妥当ですが、そのタイミングで▲1五歩と突きましょう。
桂ポンの将棋は攻めが細いので、こうして端を絡めて争点を増やすことは非常に大事ですね。(途中図)
なお、この仕掛けに踏み切った実例としては、第80期順位戦B級1組13回戦 ▲佐々木勇気七段VS△藤井聡太竜王戦(2022.3.9)が挙げられます。(棋譜はこちら)
ここで後手は素直に△同歩と取るか、△4四歩から桂を取りに行くかという二つのプランがあります。ただ、結論から述べると、どちらの対応でも先手はリードを奪うことが出来ますね。続きが気になる方は、豪華版の記事をご覧いただけますと幸いです。
【桂ポンの仕掛けが成立する理由】
後手はこの局面が芳しくないとなると、ここに至るまでの手順を改める必要が出てきます。策としては、下図のような駒組みが考えられますね。
後手が桂ポンを警戒するのであれば、このように△3三銀と上がる手を保留して駒組みを進めるのが一案になります。△3三銀を指すと▲4五桂の標的になるので、今しばらくは下で待機しておこうという意味ですね。
この組み方をされると、先手は桂ポンの仕掛けが封じられています。けれども、悲観することはありません。ここでは▲2四歩△同歩▲同飛で歩交換をしてしまいましょう。これが△3三銀保留を咎める手順ですね。(第3図)
なお、この作戦の実例としては、第71回NHK杯準決勝第2局 ▲豊島将之九段VS△羽生善治九段戦(2022.3.13放映)が挙げられます。(棋譜はこちら)
先手は△1三角や△3三角など、飛車をターゲットにされる手が複数あるので、危ない橋を渡っているように見えることでしょう。しかしながら、先手は▲3八銀型なので飛車を渡しやすい布陣です。ゆえに、相手の反撃に十分対抗できる格好でもあるのです。
例えば、ここで△3三角▲3四飛△2三銀には▲3三飛成△同桂▲6八玉で問題ありません。その後は、3筋の歩を伸ばして桂頭を狙う要領で指せば、先手が攻勢に出れる将棋になります。
この[▲6八玉・▲3八銀・▲6九金型]から桂ポンを狙う作戦は、△3三銀保留型に対しても仕掛けを決行できることが一番のセールスポイントだと言えるでしょう。
それでは、話をまとめます。現環境の角換わりは、桂ポンが最も有力です。[▲6八玉・▲3八銀・▲6九金型]の配置で仕掛けて行けば、アドバンテージが取りやすいですね。
後手はこの局面に誘導されると芳しくないので、もっと早い段階で工夫しなければいけません。2手目△8四歩を突くプレイヤーにとって、これは無視できない作戦だと言えるでしょう。
矢倉
相手を飽和させる
27局出現。角換わりや相掛かりと比較すると少なめですが、安定して指されている戦型です。出現率は19.1%であり、これは前回の期間とほぼ同様ですね。
後手の対策は、相変わらず令和急戦矢倉が主流です。ただ、出現数は10局となっており、以前よりも採用率が低くなった印象を受けます。
背景には、先手の対策が進んだことが挙げられます。今回は、その工夫を掘り下げていきましょう。
令和急戦矢倉に対して先手の作戦は複数ありますが、最もポピュラーなのは上図の構えに組む指し方。5・6筋の歩を突かずに低い構えを維持して、▲3七銀と繰り出す準備を優先していることが特徴ですね。これは、即効性理論と耐久性理論を掛け合わせている意味があります。
これに対して後手も複数のプランがあるのですが、現環境では上図の中住まい型が最有力と見られています。[△6二金・△8一飛・△5二玉型]という配置は現代居飛車の理想形の一つであり、後手はそれを作れば互角以上に戦えるだろうと踏んでいる訳ですね。
この局面を迎えたとき、従来の先手は▲4六銀から速攻に出ることを試みていました。相手の理想形が完成する前に動くことで、リードを奪おうという意図ですね。
けれども、結論から述べると、その姿勢は後手の術中に嵌ってしまうのです。詳細は、以下の記事をご参照くださいませ。
【先手の速攻が上手くいかない理由】
そうした背景があるので、現環境では▲6九玉△5二玉▲5八金でじっと陣形整備を進める手順が有力視されています。(第4図)
なお、この指し方の実例としては、第47期棋王戦五番勝負第4局 ▲渡辺明棋王VS△永瀬拓矢王座戦(2022.3.20)が挙げられます。(棋譜はこちら)
先手は相手に理想形を許しているので思わしくないようですが、まずは自玉の守りを強化することに重きを置いています。根底には、「相手の作戦はカウンターを撃つ力が強いので、半端な攻めはしたくない」という趣意がありますね。
さて、後手は玉型が整いましたが、この後、どういったビジョンで指し進めればよいでしょう? 自陣を発展するなら△4四歩ですが、これも角道が止まるので少なからずデメリットがありますね。後手はもう駒組みが飽和しているので、有効な手待ちがあまり無いのです。
ゆえに、ここは何らかの動きを見せることになりますね。案としては、△1四歩▲7九玉△1三角が候補の一つです。(第5図)
角交換になれば、バランスの良い後手の陣形が光ります。ゆえに、先手は▲4六歩か▲4六銀で交換を拒否することになりますね。ここは、どちらを選んでも一局だと思います。
ただ、先手としては自分から一生懸命動いていくよりも、こうして相手の駒組みを飽和させ、後手に動いてもらう方が戦いやすい感はありますね。先述したように、この作戦の後手はカウンターを撃つ力が強いので、先手は攻め急がない方が賢明なのです。
現環境の令和急戦矢倉は、この局面が最前線の一つです。優劣としては五分の範疇なので、これからも指され続けることでしょう。
相掛かり
トリックスターの桂跳ね
40局出現。相も変わらず盛んに指されておりますが、出現率は前回の期間から36.5%→28.4%と推移しており、人気が落ちています。
現環境では▲9六歩優先型が人気であり、これが優秀であることが相掛かりが急増した理由ですね。
ただ、現環境では後手も対策を整えており、だんだんと目が慣れて来た印象を受けます。今回は、その工夫を紹介しましょう。(第6図)
この局面は、▲9六歩に対して△5二玉を選んだときに出現しやすい進行例の一つです。後手はここでも[△6二金・△8一飛・△5二玉型]を作っていますね。本当にこの配置は汎用性の高い布陣です。
さて、ここから先手は淡々と駒組みを進める手もありますが、良さを求めるなら▲4五銀で揺さぶりを掛けることになります。後手が歩を守るには△3三金しかないですが、▲3六銀と引くのが面白い構想ですね。(第7図)
このあと先手は、▲2五銀→▲2四歩という攻めが楽しみです。
後手はこの攻め筋を防ぐことが難しいので、従来ではこの変化に誘導されると思わしくないと見られていた節がありました。ところが、ここから画期的な受け方を見せた将棋が登場するのです。
まずは△6三銀で平然と手待ちをします。▲2五銀と進軍されたら△1四歩と突きましょう。こう進めると▲2四歩で困っているようですが、その瞬間に△1三桂と跳ねるのが奇想天外の妙着です。(第8図)
なお、この局面の類例としては、第80期順位戦B級1組13回戦 ▲服部慎一郎四段VS△遠山雄亮六段戦(2022.3.10)が挙げられます。(棋譜はこちら)
見るからに違和感を覚える一手ですが、結論から述べるとこれで先手の攻めは頓挫しています。詳しい理屈は、以下の記事をご覧くださると幸いです。
【△1三桂で棒銀をいなすことが出来る理由】
この対応で受かっているのであれば、局面の評価も変わってきますね。△3三金型という愚形を活かす手順が確立されたことは、後手にとって非常に頼もしいと言えるでしょう。
もちろん、先手はここから▲4五銀→▲3六銀以外の選択肢もあるので、形勢が悪いわけではありません。ただ、漠然と指し進めるとアドバンテージが取れないことも確かな事実です。優劣としては互角ですが、現環境では、アイデアが必要なのは先手の方だと言えますね。
雁木
下火の傾向が続く
10局出現。前回の期間から出現率は5%以上減少しており、かなり下火になっていることが窺えます。
雁木は後手番で採用されるケースが多く、一時期は2手目△3四歩から雁木に組む指し方がよく流行りました。
けれども、現環境では▲7八玉型の早繰り銀が強敵で、これを打破できていないのが実情です。
なお、この作戦の優秀性については、以下の記事をご覧くださると幸いです。
最新戦法の事情・居飛車編(2022年2・3月合併号 豪華版)
こういった事情があるので、2手目△3四歩から雁木に組むプレイヤーは、めっきり少なくなりました。
後手で雁木に組む場合は、この作戦を指される可能性が消えてから組む方が無難だと言えるでしょう。
その他の戦型
低い構えで暴れよう
23局出現。この内、11局が横歩取りの将棋です。雁木よりも多く指されていることに、この戦型の支持が高まっていることが見て取れますね。
ただ、横歩取りは青野流が強敵。なので、後手はそれを回避するために、今までとは違う組み方を選んでいる将棋が散見されます。具体的には、[△4二玉・△2二角・△7四歩型]という布陣に組む指し方ですね。(基本図)
図が示すように、△2二角型を維持しているのが目を引く部分です。この配置であれば▲3七桂→▲4五桂という攻め筋が直撃しないので、青野流を受ける条件が良いですね。後手は▲3六飛を引いてもらってから△3三角を上がろうとしています。
ここで先手は飛を引かない指し方も一考の余地があります。しかし、明確なアドバンテージを得ることは難しく、その方針はリスクが高い嫌いがありますね。詳細は、以下の記事をご参照くださいませ。
【飛を引かない指し方がイマイチな理由】
ゆえに、先手はこの局面を迎えると、現環境では▲3六飛→▲2六飛と進める順がポピュラーです。今回は、この指し方を掘り下げていきましょう。 (第9図)
▲3六飛と引いた後には様々な構想が考えられますが、現環境では[▲7七角・▲6八銀型]に組むのが最も有力視されています。この配置は、中住まいの中で一番玉が堅いタイプですね。
また、先手は受け身になり過ぎないように注意する必要があります。歩得に満足して大人しく指していると、後手に主導権を握られ、勝ちにくい将棋になってしまいかねません。
後手は将来的に△7五歩から攻めるのが狙い筋の一つ。ただ、現状では先手の飛が邪魔ですね。ゆえに△2五歩で追い払うのは一策ですが、そこで▲5六飛と横へ移動するのが好判断。これが受け身の姿勢を回避する着想になります。(第10図)
なお、この構想の実例としては、第7期叡王戦本戦 ▲出口若武五段VS△佐藤天彦九段戦(2022.3.26)が挙げられます。
後手としては、先手の歩越し飛車を圧迫する展開に持ち込めれば理想的。それを踏まえると、ここは△7三銀が自然ですね。
対して、先手は▲3三角成で動きを見せましょう。これには△同銀が妥当ですが、▲7七桂△8二飛▲5五飛で軽快に動きます。
このように、先手は後手の銀に圧迫される前に飛車を捌きに行くのがクレバーな戦い方になります。(第11図)
後手は2五の歩を取らせる訳にはいきません。なので△3四銀は絶対ですが、▲8五飛とぶつける手が気持ち良いですね。飛車交換になれば低い陣形が光りますし、かと言って△8四歩も不本意な辛抱と言えます。
この局面は、先手の機敏な動きが功を奏している印象を受けます。後手は飛車を抑え込む展開に持ち込めていないことが歯痒いですね。どうも△2五歩と打つプランでは上手く行かないようです。
それでは、話をまとめましょう。[△4二玉・△7四歩型]の横歩取りに対しては、無難に▲3六飛と引くのが有力です。ただし、先手は大人しく指すのではなく、低い構えを活かしてアグレッシブに指す姿勢が肝要です。[▲7七角・▲6八銀型]を作れば堅固な玉型に組めるので、先手は思い切った攻めが繰り出せますね。
後手はこの局面から△2五歩で飛車を追い払う手は芳しくないので、他の手段を模索する必要があります。現環境は、後手側に課題が残っている印象ですね。
序盤の知識をもっと高めたい! 常に作戦勝ちを狙って戦いたい! という方は、以下の記事をご覧ください。
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今回のまとめと展望
【現環境は、先手の優位性が高い】
後手目線で話をすると、2手目△3四歩系の戦法は苦労しています。雁木も横歩も先手の対策が整っており、アドバンテージを取られやすいですね。
なので、現環境は2手目△8四歩が無難。ただし、角換わりの桂ポンが強力なので、それにどう対処するかが課題です。現環境は、先手の優位性が高い印象を受けますね。
【堅さの概念が変化している?】
将棋において、玉を囲うのは基本中の基本。ただ、現環境では囲いの感覚が変化している印象を受けます。具体的には「完成形」の概念に変化が起こっている気配を感じますね。
角換わりの桂ポンは、従来は上図の囲いで仕掛けを決行するパターンが多数派でした。先手は、玉型をきちんと整えてから仕掛けている様子が見て取れますね。
しかし、現環境の流行は[▲6八玉・▲3八銀・▲6九金型]です。この配置は先程の配置と比較すると、なんだか中途半端な格好に見えるかもしれません。けれども、これが有力であることは先述した通りです。
横歩取りで▲3八銀を省いて暴れる指し方も、囲いが中途半端な状態(完全体にしない)で動く指し方だと言えます。
囲いが中途半端な状態で動くのは抵抗感があるものですが、現環境では囲いが八割方整っていれば、それで「完成」と見ている節があります。ならば、相手に価値の高い手を指される前に仕掛けて行く方が合理的と見ている訳ですね。
要するに、囲いの観点での即効性理論が、今まで以上に突き詰められているのです。こうした傾向がもっと加速すると、今までには見慣れなかった囲い(玉型)がもっと出てくるかもしれませんね。
それでは、また。ご愛読くださり、ありがとうございました!