どうも、あらきっぺです。先日、奨励会を辞めてからでは初めて団体戦の大会に出場しました。想像以上にお隣の将棋が気になってしまうものですね笑
大いに楽しめたのですが、決勝戦で私が負けてしまったことで、チームを優勝へ導けなかったことが心残りです。
タイトルに記載されている通り、振り飛車の将棋を見ていきましょう。なお、先月の内容は、こちらからどうぞ。プロの公式戦から分析する最新戦法の事情(10月・振り飛車編)
・調査対象は先月のプロの公式戦(男性棋戦のみ)。棋譜は携帯中継や名人戦棋譜速報など、公に公開されているものから収集。全ての公式戦の棋譜を見ているわけではありません。ご了承ください。
・文中に登場する棋士の肩書は、全て対局当時のものです。
・戦法や局面に対する評価や判断は、あらきっぺの独断と偏見が多分に混じっております。当記事の内容を参考にして頂けるのは執筆者としては光栄ですが、あまり妄信し過ぎないことを推奨致します。
最新戦法の事情 振り飛車編
(2018.10/1~10/31)
調査対象局は61局。それでは、戦型ごとに見て行きましょう。
先手中飛車
自信を持って初手に▲5六歩が指せる。
7局出現。先月から局数は減っていますが、先手中飛車の採用率が下がったわけではありません。詳しくは後述します。
8月頃までは居飛車が△6四銀型を作る将棋が多数派でしたが、中飛車側もしっかり迎撃できているので、互角以上に戦えます。詳しくは、こちらの記事をご覧ください。プロの公式戦から分析する、最新戦法の事情(9月・振り飛車編)
したがって、居飛車側は他の作戦を模索するようになっており、それゆえに対策が分散しています。これといって軸になっているものはなく、現環境は居飛車が有力な作戦を模索している期間と考えられます。
中飛車目線としては、特に怖い対策がないので、自信を持って初手に▲5六歩と突ける環境と言えるでしょう。
四間飛車
注目株はミレニアム。
16局出現。相変わらず、コンスタントに指されていますね。14局が後手番での採用で、現環境においては後手振り飛車のエースに君臨しています。
居飛車は穴熊が一番人気の作戦ではありますが、先月に述べた通り、四間飛車は何でもかんでも端攻めを狙ってきます。それを警戒するため、居飛車は新たな作戦に鉱脈を掘り当てました。それは、ミレニアムです。(第1図)
2018.10.22 第67期王座戦一次予選 ▲高野智史四段VS△井出隼平四段戦から。
ミレニアムは▲6七金型にする組み方(参考図)もありますが、現在、流行っているのは、第1図のような▲6七歩型のミレニアムです。
なぜ、▲6七歩型のミレニアムが脚光を浴びているのかというと、6六に角を配置できるからです。居飛車穴熊と違って、角が効率の良い場所に居座ることができるので、攻撃力や機動性が高いことが自慢です。加えて、銀冠への発展を阻止していることも見逃せないですね。
ここから先手には、▲8七銀・▲3六歩・▲3七桂など、指したい手がたくさんあります。しかし、後手は駒組みが飽和しており、有効な手待ちがありません。
ゆえに、井出四段は△4五歩(青字は本譜の指し手)と動きましたが、▲3三角成△同桂▲8五桂と駒をぶつけて先手ペースの将棋です。(第2図)
囲いの桂を攻めに使えることが、ミレニアムならではの特色です。
第2図は、囲いの強度が優れている状態で戦いを起こせた先手が勝ちやすい将棋でしょう。後手は4三の銀が、攻めにも受けにも働きにくい中途半端な駒になっていることが歯がゆいですね。
このように、振り飛車は6六に角を居座られると、駒組みが不自由になります。なので、さっさとこの角を追い払ってしまう指し方も考えられるところです。(第3図)
2018.10.29 第12回朝日杯将棋オープン戦一次予選 ▲鈴木大介九段VS△森下卓九段戦から。
先手は三間飛車ですが、これは駒組みの駆け引きで振り直したもので、元々は四間飛車でした。
ここから、△5三角▲4六銀と進みます。居飛車は角頭や3筋の桂頭が弱く、自信が持てないように見えますが、△6四角▲4七金△5三銀と進むと、景色が一変します。(第4図)
次は、△4四歩▲同歩△4二飛から4五の位を粉砕することが狙いです。しかし、先手は4五へ数を足すことができないので、それを防ぐ術がありません。第4図は角の働きが大差なので、居飛車の作戦勝ちです。
本譜はここから▲6八飛△4四歩▲6五歩と指しましたが、△4六角▲同金△5七銀から攻め倒した後手が快勝しています。(A図)
また、ミレニアムは穴熊に対しても対応可能です。(第5図)
2018.10.26 第90期ヒューリック杯棋聖戦一次予選 ▲都成竜馬五段VS△竹内雄悟五段戦から。
穴熊に対しても、同様に▲6七歩型のミレニアムを作ります。「遠さ」では劣りますが、「堅さ」では引けを取りません。
後手は駒組みが飽和しているので、竹内五段は△4五銀▲2六飛△3五歩と揺さぶりましたが、▲8五桂が先手期待の一着です。(第6図)
第2図の解説でも触れましたが、桂を攻めに運用しても囲いの強度が落ちないことがミレニアムの利点です。▲6六角型との相性も抜群で、すこぶる効率の良い攻撃陣を展開することが出来ています。
第6図は、好きなタイミングで端攻めを発火できる先手の作戦勝ちと言えます。これも角の働きに差が着いていることが大きいですね。
元々、ミレニアムは藤井システムに対抗するために編み出された囲いでした。当時は、「玉の位置が角の利きから逸れるための囲い」でしたが、今では「端攻めをされないための囲い」と意味付けが変化しているのは面白いところです。
また、居飛車にとって嬉しい誤算だったのは、ミレニアムに組むために必要な[▲6六角・▲7七桂]というパーツが、「攻撃的な指し口」や「先攻重視」という現代将棋のテイストと合致していたことでしょう。
藤井システムが凋落したことにより、ミレニアムは「指す必要の無い過去の遺物」となっていたので、定跡はまだ体系化されていません。それゆえに、大いな可能性を秘めている印象を受けます。事実、今回取り上げた3局は、全て居飛車が勝利しました。ミレニアムは、今後の注目株と言えるでしょう。
三間飛車
持久戦なら左美濃。
10局出現。その内、7局が先手番。石田流を目指す駒組みが多いですね。三間飛車は積極的に動くことを趣旨としているので、先手番での採用数が多いと考えられます。
居飛車の対策としては、左美濃が面白いように感じます。(第7図)
2018.10.3 第60期王位戦予選 ▲宮本広志五段VS△南芳一九段戦から。
先手が▲5六銀と上がった局面です。ここで大人しく△4四歩と角道を止めれば、▲5九角から石田流への組み換えが実現します。
なので、南九段は△5五歩と強く反発しました。▲4五銀は△8四飛で後続が難しいので、宮本五段は▲6五銀を選びましたが、△9四歩▲2八玉△2四歩▲6八角△8四飛と飛車を浮いて受ける構想が素晴らしく、後手が作戦勝ちになりました。(第8図)
なぜ、後手が作戦勝ちなのかというと、先手の石田流を阻止しているからです。
すなわち、ここで(1)▲7六飛には△5三金で6五の銀を圧迫できますし、(2)▲7四歩△同歩▲同銀と動いても、△4二角で、やはり先手の銀を負担にすることができますね。(B図)
第8図は、5五の歩が、先手の角と銀の可動域を狭める役割を果たしており、非常に良い仕事をしています。
改めて、第7図に戻ります。
居飛車の駒組みのポイントは、
(1)△5二金・△6二銀型を維持する。
(2)▲5六銀に対して、△5五歩と突く。
この二点が肝です。
この作戦は、先後に関係なく採用できるところも嬉しいところですね。居飛車党にとっては、心強い味方になるのではないでしょうか。
ゴキゲン中飛車
下火は止まらず
僅か3局のみ。8月は10局、9月は8局でしたが、ここにきてガクンと落ち込みました。やはり、後手番では、他の振り飛車のほうが有力と見られているのでしょうね。
角交換振り飛車
膠着状態を狙う。
12局出現。その内、11局が後手番で指されています。これは、千日手を含みに待機する戦術が取れることに起因しています。その最たる例が、この将棋でしょう。(第9図)
2018.10.11 第44期棋王戦挑戦者決定トーナメント ▲稲葉陽八段VS△黒沢怜生五段戦から。
後手が美濃囲いに囲っていないことが珍しいですね。これは、右玉に組むことを想定しているからです。
例えば、ここから先手が▲8六歩△7四歩▲8七銀から穏便に銀冠に組むと、このような局面に進むことが予想されます。(仮想図)
互いに立派な布陣を作っていますが、仕掛ける場所が見出しにくいので、千日手が濃厚ですね。
こういった待機策を採るなら、玉を深く囲わずに他の駒を優先的に動かすほうが効率的です。ゆえに、後手はあえて△7二玉型で駒組みを進めているんですね。
第9図に戻ります。
このような背景があるので、稲葉八段は▲7五歩と位を取って、後手の進展性を奪います。ただ、歩を伸ばしたことにより、△6四角という手段を誘発しました。
以下、▲3七銀△7五角▲7七銀△5三角▲6五歩△4五歩▲7八金△7四歩と進みましたが、こうなると後手まずまずと言えます。(第10図)
手順中の△4五歩が肝心な一手で、これにより、3七の銀の活用を阻むことができます。後手の狙いは、この銀を遊ばせて玉頭戦に持ち込むことです。
そうは言っても、この局面では、後手の模様の良さが感じにくいと思うので、もう少し手を進めてみましょう。本譜は、ここから▲6六銀△7三銀▲5六歩△6二金▲7七金寄△8四歩と進行しました。(第11図)
後手はこのあと、△7五歩→△7四銀→△7三桂から陣形をどんどん盛り上げて、6五の位を奪取する楽しみがありますが、先手は目標が見えにくく、何を目指して良いのか分かりにくい局面です。やはり、3七の銀が使いにくいことがネックですね。
後手は手放した角がしっかり働いているので、第11図は満足のいく局面を作っていると言えるでしょう。
黒沢五段が披露した作戦は、
(1)まずは右玉を目指して、膠着状態を狙う。
(2)先手がそれを嫌って、位を取ってきたら、それに反発する。
という二段構えの作戦でした。角交換振り飛車において、始めから右玉を目指すのは珍しく、駒組みの手法に一石を投じたと思います。
その他・相振り飛車
右?それとも左?
13局出現。なお、相振り飛車は2局でした。
先手中飛車の項目でも触れましたが、現環境は居飛車側に「これだ」という作戦が無いので、初手▲5六歩に対して、後手は飛車を振るケースが増加傾向にあります。(10月は6局出現)
それに対して、先手は玉を右側に移動するのか、それとも左側なのかを自由に選ぶ権利があります。そして、その特性を最大限に活かした将棋がこちらです。(第12図)
2018.10.27 第39回日本シリーズJTプロ公式戦 ▲菅井竜也七段VS△丸山忠久九段戦から。(棋譜はこちら)
この▲9六歩がちょっとした小技で、もし△9四歩ならば、先手は▲4八玉を選びます。相振り飛車になれば、▲7七角→▲9五歩で端を争点にしたり、▲9七角と覗く含みが生じるので、端歩の突き合いは先手にとっては得になりやすい取引です。
よって、丸山九段は△3三角▲9五歩△2二飛と9筋の位を取らせましたが、それを見て先手は玉を左側へと移動しました。(第13図)
いきなり玉を左側へ運ぶと、さすがに9筋の位は取らせてもらえないでしょう。しかし、端歩を突くタイミングを少しずらすことで、先手はお得な駒組みを行うことができました。
第13図は一局の将棋ではありますが、囲いの差を主張できそうな展開なので、先手がまずまずという印象を受けます。
この作戦は、中飛車側が先に相手の態度を見れるので、相性の良いマッチアップをぶつけることが可能です。繰り返しになりますが、初手▲5六歩は振り飛車党にとって有力な作戦と言えるでしょう。
今回のまとめと展望
・先手番では、中飛車か、三間飛車で積極的に動く。
後手番では、四間飛車か、角交換振り飛車で待機策を採る。
これが、現代振り飛車の理想のモデルと言える。
・居飛車は、ミレニアムや左美濃といった穴熊ではない作戦を選ぶことが増えた。
どうも、穴熊は「端」という明確な弱点を作るので、そこを付け目に先攻されやすい。その要因が、四間・三間飛車が復興している理由になっている。
それでは、また。ご愛読ありがとうございました!
最近居飛車が穴熊を目指す時に端歩を受けることが多くなったように感じます。昔は端攻めが早くなるので受けない方がいいとされてましたが、現代将棋ではどのような意味合いで端歩を受けているのでしょうか。
主な理由は二つです。
一つは、振り飛車側は端を突き越せると、待機策を選びやすくなります。
詳しくは、こちらの記事の四間飛車の項目をご覧ください。
もう一つは、先攻されることを防ぐためです。
確かに、穴熊で端歩を突くと、将来の端攻めが早くなる懸念がありますが、これは振り飛車側が歩を多く持っているとき、すなわち、中盤戦以降の話です。
しかし、現代将棋では「先攻」することが重要視されています。当然、序盤の段階では歩を持っていないので、端攻めしようと思ったら、端歩を突き越して△9七桂成と突進する組み立てになります。こちらの将棋がその典型的な例ですね。
これらの要因があることから、最近は穴熊に組む場合でも端歩を受ける指し方の評価が高くなっているのではないかと考えられます。
ありがとうございます。
今回もわかりやすかったです。
居飛車編も楽しみにしてます。
個人的な見解ですが、
最近後手番振り飛車の穴熊の採用数が増えているように感じます。プロの振り穴事情はどうなっているのでしょうか。
はじめまして。
最近…とは、具体的にどの程度の期間の話でしょうか。
なお、男性棋士の公式戦での振り飛車穴熊の出現数は、11月は3局。10月は4局だったので、私は、むしろ下火という認識でした。
下火である背景は、相穴熊になったときに
(1)居飛車穴熊のほうが堅い。(銀が囲いにくっつきやすい)
(2)居飛車のほうが、敵陣の桂香を回収しやすい。
といった懸念材料があることが、一つの原因と考えられます。
返信ありがとうございます。採用数はそこまで多くは無かったのですね。JT 杯決勝や棋王戦本戦の黒沢五段の対局が印象に残り、多いように感じていました。来月の分析も楽しみにしています。
先手中飛車の対抗系に関する質問です。
最近先手中飛車に対して後手が54歩と突かず、位取りを許している将棋が多い気がします。後手は5筋を位取りさせたほうが指しやすいのでしょうか?
先日の菅井竜也 七段 vs. 郷田真隆 九段 第77期順位戦B級1組10回戦では、郷田先生ということもあり54歩と指されましたが、升田式向かい飛車などの作戦を先手に与えてしまうので指されないのでしょうか?
はじめまして。
それに関しては、こちらの記事の中飛車の項目をご覧ください。
後半部分の内容が、そのままご質問の回答になります。
角交換振り飛車での穴熊について質問があります。
レグスペという戦法を最近まったく見なくなりましたが、戦法に欠陥が発見されたのですか?
固さよりもバランスをとる風に変化したのですか?
記事とあまり関係がなく申し訳ありません…
はじめまして。
レグスぺが激減した理由ですが、端的に申し上げると、「角交換振り飛車の戦術が多様化し、他に有力な作戦が増えたから」だと考えています。
なお、記事でお答えするという形を採れば、もっと詳しくその理由を述べることが可能ですが、いかがでしょうか?
ぜひお願いいたします。
久保王将が順位戦プレーオフで角道を開けたまま穴熊をしていたので、レグスぺをする必要がなくなったのかな?と思っていました。
かしこまりました。それでは、改めて記事化してお答えいたします。
ただ、誠に恐縮ですが、現在、他の方々からもご質問を頂いております。つきましては、まず、そちらを優先してから本件を回答させていただく次第です。
悪しからずご了承くださいませ。